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「さて……。さっきは斉明を退がらせるためにああいったけど、解っているわよね? 私はあんたに守ってもらう気などさらさら無いし、あんたのほうも私の居丈高な態度は気に入らないんだったわよね? 私の傍は験が悪いでしょう。この場で解散しましょ」


 私の提案に驚いて青い顔をする足軽たちを尻目に、青砥は笑う。


「つまるところ姫様という生き物は、とかく我儘ということよ。だが案じるな、足軽。今しばらくは傍で様子を見てやるから」


 馬にまたがった青砥は、ちや太にその辺に打ち捨てられていた槍を拾えと命じた。


 しばらくは、私を護衛するですって? この青砥が!?


「どういうつもり?」


 怪しむ私に、青砥は掻い摘んで戦況を説明した。曰く——、

 定親殿の計略通り、充剛の軍は頼忠叔父の東軍を二分した。その充剛軍にいた青砥は、分断された後方の東軍を蹴散らしてきたが、東軍は思いのほか腰抜けで味方を前方に残したまま次々退却したらしい。前方に残された東軍は、退路を断つように定親殿や本軍が展開した一万余りの兵で迎撃されており、かつ予定通り包囲戦になりつつあるので、生き残りをかけた東軍兵たちはいまや死に物狂いで逃げにかかっている。


「ここは東軍にとっては退き口にもなりうる……しかも意外に手薄なところだ。これからこのあたりが激戦になる可能性が高いと某は読んだ。期せずして餌……もとい、標的にはもってこいの姫様もいて、手柄を上げるには条件が整いすぎなくらいか。つまり、まぁそういう計算で、ここで姫のお守りを引き受けたというわけだ」


 あけすけに言って悪びれない様子の青砥に、やや毒気を抜かれる。


「……逆に言えば、いまのうちに山内の爺さんを追って帰陣したほうが、お姫さんには賢明な選択かもしれんがな」


 冷やかすような眼が、ぎょろりと私を見下ろす。


「余計な——」


 お世話よ、と最後まで言い切ることは出来なかった。青砥の視線が私の右後方に流れた。


「時すでに遅しか。来るぞ!」


 その言葉に、私も背後から近づいてくる馬の足音に気づく。

 上半身を捻り背後を振り返ると、四頭の騎馬が疾走する姿が目に飛び込んだ。華やかな鎧の身なりからして、遠目にも大物らしいと推測できる。(かち)の兵をつれていないことから、先ほど青砥が話したように、本気で逃げる東軍の将たちとみた。

 私は弓を構えて、矢継ぎ早に射る。一頭の急所に矢が刺さり、人馬ごとどうっと地に倒れた。


「先に行くぞ!」と残りの三騎に向かい、馬を駆る青砥。私は舌打ちしつつ、伊助から薙刀を受け取る。

 そのまま伊助とちや太に


「無理しない程度に援護しなさい」


 と残して、馬首を迫り来る騎馬に向けた。青砥が飛び込んでいったことから、先頭の一騎が青砥と組み合い、残り二騎が私のほうにむかってくる。


「ううぅううぅおおぉぉおおお!!」


 恐ろしい唸り声を上げながら、先に突進してきた武将とすれ違いざまに得物を交えて、


 ———強い!!


 と喫驚する。本能的にやり合いたくない、と畏怖させる迫力(オーラ)を発していた。

 私の薙刀に対して、相手は大身槍を握っている。攻撃の軌道は読めていたので、初槍を流して、再び馬首を巡らし対峙する。


 目の前の武将に相対しながらも、横をすり抜けたもう一人の行方を目で追うと、足軽の伊助が刀で行く手をさえぎり、馬上の武者と向き合っている。

 馬上にあるのだから、足軽の一人など蹴散らして突破してしまえばいいものを、その制止に応えてしまうとは。

 その戦慣れぬ様子などからして若い武者だが、それでも伊助にはあまりに分が悪い。

 立ち向かった勇気を賞賛しつつ、無理しない程度を超えている!と唇を噛む。伊助の助勢をしたいが、それ以前に私は目の前の畏怖すべき武将と戦わなくてはならない。

 しかし、その武将は私を無視する勢いで「若ッ!」と若武者のほうに馬首をめぐらせた。

 咄嗟のことに出遅れた。慌てて武将を追うが、間に合わなかった。


 若武者を庇うように飛び出した武将は、刀を構えて固まったままの伊助の喉元に鋭い一突きを繰り出した。

 私の目の前で、伊助が血を吹いて絶命した。六角の善良な領民が……幾たびかの戦を潜り抜けてきた足軽が、私の(めい)を守ろうとして命を落とした。


「伊助ッ!」


 と叫びつつ、私は手にしていた薙刀を逆手にして投ずる。薙刀は若武者の騎乗する馬の後ろ足に命中して、馬が暴れ若武者は呆気なく落馬した。

 武将は「若っ、ご無事ですか!?」と声をかけつつ、私を迎え撃つべく再び対峙した。そして、ようやくその段になり、相手が女——私……沙羅姫であると知り、


「もしや、貴女様は……」


 と一声漏らして絶句してしまった。

 沈黙を挟み向かい合うこと、数十秒。

 武将は背後の地に落ちた若武者をかばうように馬をあやつり、やがて重い口を開けた。


「お初にお目にかかりまする、拙者は東軍畠山頼忠が家臣、野長瀬十郎左(のながせじゅうろうざ)。こちらの若君は、沙羅姫様のお従姉弟(いとこ)にあたる畠山忠憲(はたけやまただのり)様にございます」


 ……忠憲殿か。


 そんな予感がしていた。

 私よりも年下のその従兄弟には、ずいぶんと長い間会っていない。子供の頃に京で会ったきり。

 それでも、兜越しにこちらを見上げる、どこかおっとりとした大きな瞳には見覚えがある。「(ねね)さま、姉さま」と私のあとをついて回る、可愛らしい童姿が瞼の内に蘇った。

 末っ子の私に姉気分を味合わせてくれた貴重な従兄弟……。


 発作的に、逃がそうか——と思う。


 そんな私の背後で、凄まじい断末魔の叫びが上がった。振り返った一瞬、青砥が馬上の武将の首を兜ごと宙に舞わせた。

 私の前にいた十郎左が「三宅殿!」と声をあげて、興奮した馬にたたらを踏ませる。

 重い音を立てて、草の中に首が落ちた。その瞬間、忠憲殿を逃がせる雰囲気は霧消した。

 十郎左の行く手をさえぎるように、私は二振り用意していた太刀のうち、糸巻きの太刀を抜いて構える。視界の端で、足軽のちや太も私に続いて槍を構えるのがわかった。

 しかし、十郎左は私と刃を交えるつもりはないのか、依然として背後の忠憲殿を庇うように屹立し、手にした槍を構える様子は見せない。かわりに抑えた声が向かってきた。


「沙羅姫様が、どのような事情で敵に味方しているのかは存じません。ですが姫様、ここはお引きください」

「……残念ながら、首を落とされたあの武将はもう帰ってこないわ。そしてもう一人、落馬した武将が残っている。青砥がその男を片付けるまで、私はあなたたちを行かせるわけにはいかない」


 探るような沈黙の後、不意に十郎左が槍を突き出した。私はそれをかわすと同時に、引き戻る槍の柄を叩き折る。

 全て計算のうちか、折られて手元に残った柄を投げつけられて、それを空中で叩き落し、再び十郎左を捉えたときには、十郎左は背中の太刀に手を掛けていた。


 しまったな、と内心舌打ちする。


 右の肩先に見えていた太刀の柄から、この武将が大太刀を使うことはわかっていた。だからこそ、それを抜かせてはならないのに———。

 大きな上体を右に捻り前傾し、左手では背中の鞘を引き下げるようにして、十郎左は背中から大太刀を引き抜いてしまった。


 逃げてっ!!


 そう声に出せたか、わからない。

 傍にいたちや太が、悲鳴を上げる間も無くどうっと倒れた。多分、何が起こったか、ちや太本人にも分からないままだったろう。普通の太刀なら届くはずのない間合いに、ちや太は立っていた。足軽の軽装は無惨にも大太刀によって、袈裟懸けに真っ二つに斬られていた。


 大太刀……間合いに入りにくく、破壊力にたける武器で、私も実際に遭遇するのは初めてだった。

 咄嗟に、私は白帝を後退させ距離を稼ぐ。

 大太刀といえども、普通の使い手なら臆することはない。だが、この男は手だれだ。

 この武将は噂に聞いたことがある、叔父上の軍の『野太刀の十郎左』だと見当がついてしまった。


 私と十郎左は、まんじりともせず睨み合った。十郎左は視線を私から逸らさぬまま、背後の忠憲殿に「お逃げください!」と声を掛けた。だが、忠憲殿は眼前の私たち二人を見比べて動けない様子だ。近くに馬がいないのも、行動に制限をかけている。

 そして事態は最悪の展開を迎えた。


 落馬した武将を片付けて、青砥がこちらに向かってきた。


「これはなかなかの武将とみうける! 野太刀の十郎左殿だな」


 青砥は十郎左の得物を見てとるや、自分と代われとばかりに私に顎をしゃくってみせた。やむなく対峙の場を譲り白帝を脇へ動かすと、青砥は素早く馬を繰って十郎左に向き合った。

 大太刀を抜いてみせたものの、依然として積極的にやり合うつもりはないのか、十郎左は忠憲殿の盾として私たちの前に立ちはだかる。


「姫はお従兄弟殿の相手をされてはいかがか」


 童にその辺で遊んでいやれと云うような気楽さで、青砥は言った。その言に素直に従うわけではないが、忠憲殿をこのまま放っておくこともできない。

 格でいうなら、私と同格の駒だ。いずれ何処かから現れる名もなき者に、むざむざ討ち取られるのは忍びない。

 白帝の腹を蹴って、私はゆったりと前進した。瞬時に後方の忠憲殿をかばおうと動いた十郎左だったが、その動きは投擲された槍にて素早く封じられていた。東軍の主従の間に槍を突き立てて、青砥は低く嗤った。


「ここは戦場だ。親類縁者の集う宴の場ではねぇんだぜ。潔く打ち合いな」


 忠憲殿もここに来て覚悟を決めたのか、ようやく腰の太刀を抜いて私に向きあうことをした。とはいえ明かに及び腰だ。騎馬で無いこともあって、じりじりと後退する。

 それを追い詰めるように、私は白帝を進ませた。

 私の右手側(めてがわ)では、同じく太刀を抜いた青砥が、それまでにはない真剣さで十郎左の繰り出す大太刀を受け止めていた。ぶつかりあう剣戟の音を耳に、私は年下の従兄弟に勝負の始まりを告げる。


「忠憲殿……残念だけど、前に進むしかないわ。貴方も私もここで出会ってしまった以上、勝負をつけなくてはいけない」

「———やっ!!」


 返事の代わりに忠憲殿が突き出した一撃を、私は馬上から払いのける。すぐさま体勢を立て直して、忠憲殿はさらに二度三度と繰り出してくるが、それはどうみても本気の……渾身の突きとは呼べないものだった。

 最初の一撃を受けて、忠憲殿がまったくの素人ではないことは飲み込んだ。畠山の若君として、幼少の頃からそれなりの訓練を受けてきていると知れる太刀筋だ。にも関わらず、命を懸けた鬼気迫る一太刀をこの若君は打ってこようとしない。

 私はいらっとして、忠憲殿の攻撃をかわしざまにその籠手を強かに打った。鎧で防護されているので、骨肉を断つことはない。ただ骨まで響く強い衝撃に、忠憲殿は「あっ」と声を上げて太刀を落とした。私は低く唸る。


「忠憲殿!貴方のために命を捨てる家臣がいる。ならば、その家臣に恥じないように貴方も戦いなさい! それとも、女の私が相手では不服だとでも?」




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