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 定親殿の先陣で最終的な確認を終え各々が配置についたのは、本陣を出て一刻と半分あまりが過ぎた時分だった。

 東の空に太陽が姿を見せ、曖昧だった人や物すべての輪郭がくっきりと鮮やかに浮かび上がる。だがその足元では、本陣と同様に水面にたゆたう川霧が夜の名残のように流れ込んでいた。戦場と想定される場所はすべからく川沿いである。

 とはいえ、それらの霧もまもなく消えるだろう。ここ数日、天気は安定しているし、寒さも春らしく和らいでいる。

 つまるところ、視界は良好で、戦日和となりそうだ。

 重い兜の下でにんまり笑ったのを、隣にいた僧兵に見咎められた。何かモゴモゴと経文を唱えられたが、ここは気にしないでおくことにする。


 私が配置されたのは、西軍の中央部に展開された鶴翼の陣の左翼側だ。主に定親殿の控えの軍と園城寺の僧兵らで構成されている。前方に並ぶ歩兵が中心で、その背後に騎馬兵が控える。騎馬兵と言っても六角軍の主力部隊とは異なるので、私や斉明を含め馬上に身を置く者は想像より少ない。

 まあ、陣形からしても攻めるための部隊では無いので、妥当なのだろうが……目立ってしまう。加えていうなら、千を超える墨染めの兵の中で、ほとんど唯一と言っていい色鮮やかな鎧兜を(まと)う私は、味方の中ですら既に目立ち過ぎ浮いている状態だ。

 (いわ)んや敵からしてみれば、黒い群れの中で此れ見よがしな派手な鎧兜——さあ、沙羅姫はここにいるぞ!と喧伝してくれているようなものだ。

 だが、それが定親殿の狙いでもあった。


 目立つことの多い人生ではあったが、一応、私の名誉の為に言わせてもらうと、もともと私はもっと落ち着いた色の実用的な鎧を所望していた。なのに、定親殿が鮮やかな鎧を纏わぬ限りは自軍には入れないと注文をつけてきたのだ。

 その理由はすぐにわかった。派手な鎧武者が沙羅姫だと知り、相手から……東軍の兵の方から避けてくれれば良い。お互いにとって、それが一番であると定親殿は考えたようだ。

 私の腕を信用していないわけでは無く、私の目的を———目的があるということを、定親殿は定匡殿から聞き及んでいるらしい。その上で、最初から命を危険に晒したり、無駄な血を流すことを避けるよう配慮した結果がこれだ。そして、それでもなお私に挑みかかる者に対しては、斉明をはじめとする武将や、日々の鍛錬を欠かさない僧兵たちが迎え撃つという布陣。


 合理的といえば、そうかもしれないけど……。


 私は、己が命をかけて果たすべき宿願あって、この戦に臨んでいる。その為にも、守りではなく攻めに出ることを本望としているのだが……。


「まぁ、いいか……」


 独白して、馬上から対岸の敵陣を眺めた。

 条件が整わなければ、こうして戦場にでることすら叶わなかった。四の五の言わずに、あとは運に賭けよう。

 それに、定親殿の思い描く戦略どおりに展開するかも、まだわからない。


 木津川の浅瀬を挟んで私達と対峙しているのは、東軍・畠山頼忠叔父の軍(約九千)である。東軍の本軍である義貴兄様の軍(約一万一千)は、もう少し後方に布陣しているとみられる。

 対する西軍の布陣はというと、まず私のいる鶴翼の陣(約四千)を敵正面に据え、その背後に定匡殿たちの本軍(約一万三千)。少し離れた右前方に充剛の本軍(約八千)が、同様に左前方に定親殿の主力軍(約五千)が布陣している。俯瞰すれば、二段の鶴翼とも見えなくはない。では、守りに徹するつもりかといえば、そんなわけはない。


 定親殿の描く戦術はこうだ。

 まずは、右前方の充剛軍から先鋒が出る。それは一見、ここまでの優勢にしつこく「待て」を言いつけられていた猟犬が、ついには主人の指示を待ちきれずに獲物に飛びかかるかのごとく、五百に満たない兵で陣触れを待たない奇襲攻撃の形をとる。浅瀬を渡り、果敢に敵陣に突撃し敵を掻き乱すのが役割だ。

 当然のことながら、敵も態勢を立て直すので、その先鋒に続いて充剛軍からさらに約二千が攻め込む。頼忠叔父の東軍がそのまま押されてしまっては元も子もないのだが、定親殿の読みでは、二千程度の兵力ならば必ず逆に勢いを得て押し返してくるに違いないそうだ。充剛軍はそれ以上の援軍を出さずに、二千の兵にはじりじりと退却をさせる。

 戦が始まった以上、敵の勢力が翳ったとみれば、その背を追って逆襲するのが定石。またその勢いを得て、本軍が進軍するのもありがちな形式(スタイル)。進行してくる頼忠叔父の軍とできれば義貴兄様の本軍をこの鶴翼の陣の右翼の近くまで誘い込み、縦に伸びきった東軍の戦線を、充剛の本軍六千でもって真っ二つに分断する、というのが今回の戦術の要だそうな。

 そして充剛軍はそのまま敵方に前進し、頼忠叔父の残りの軍勢と義貴兄様の本軍を叩く。分断された頼忠叔父の軍は、左前方に陣取っていた定親殿の軍五千と、私の布陣する鶴翼の兵、さらに空いた充剛達の元布陣地を埋めるべく定匡殿の本軍から派遣された兵五千によって、包囲殲滅される形になる。そうして、殲滅させたあとには、充剛の応援に向かうと。


 確かに、理論上はかなり秀逸な戦術に思える。だが———、果たして、そんなに易々と人は動くものだろうか。ましてや、西軍(こちら)には定親殿という参謀がいるのは周知の事実だ。東軍も盤上の駒のごとく動くつもりはないだろう。否、味方でも定親殿の指示通りに戦えるのか……私には疑問だ。

 私の周りに展開する園城寺の僧兵達は、昨夜着陣したばかり。定親殿との間でどれだけのやりとりがあったのかは知らないが、そもそも昨日の今日で戦場に出るなんて、段取り的に可能なことなの?

 その立ち姿から、鎧と墨染めの衣の下には相当に鍛えられた肢体があると想像できるが、なにせ<僧>兵というくらいだ。御仏に仕える身で、一体どの程度の殺生(せっしょう)が可能なのか。実際に僧兵の戦いを見たことがないので見当がつかない。


 そういう予断を挟ませたくない部分もあったのか、味方する勢力のことは、ギリギリまで私にも知らされていなかった。充剛たちに至っては、そこから情報が漏れている可能性を排除できないとして、布陣して初めて僧兵の存在を知らされるという屈辱的な扱いを受けることにもなった。当然のことながら充剛はご立腹で、戦線から外れると言い出すんじゃないかと思ったが、そこは東軍本体を叩きにいくという美味しい役を得たことで、なんとか堪忍したようだったが………。こんな有様で、連携が取れるのか心もとない。


 ただ———と、私は自分に言い聞かせる。


 どんな状況になったとしても、私は私の目的を忘れてはならない。そのためだけに、あの出城炎上の日から今日まで生きながらえた。最後まで自分の道を、人生を行くために。

 戦の勝敗は、私の知るところではない。私は、ただこの機会(チャンス)を利用する。


 視線のはるか先で、砂煙が上がった。耳を澄ませると、遠くから大勢の声と、地面を踏む人馬の地鳴りが伝わってくる。

 合戦の幕は上がったようだ。

 隣で馬に跨る斉明が、小さく頷いた。その向こうにいる足軽が、槍を握り直して、ごくりと唾を嚥下する様子も見えた。


 私と斉明には、足軽が三人つけられていた。

 姫をお守りするのにこれでは少なすぎる!と斉明が主張したが、数だけ多くて身動きが取れないようなことでは困る、という私の意見を定親殿は優先してくれた。

 数度の戦経験がある壮年の伊助(いすけ)と、その息子くらいの年回りのちや太(ちやた)喜八(きはち)。若い二人は、数年前に初陣で戦場に出たきりだという。それで大丈夫かと少々危惧したが、意外にも戦う気持ちは強そうだった。「お館様とともに六角の領地を守る」という気概を口々にしてみせた。

 畠山の領民ならどうだったろうか、こんな風に言ってくれただろうかと、ふっと遠く懐かしい地を束の間思い出したりした。


 経験云々を言うなら、この私だって戦場に出るのは初めてだ。経験や実力がどれ程にモノを言うのか、そこはまぁ出てのお楽しみということかしらね。


 戦場では、基本的にこの五人——私と、私を守る斉明、それを補佐する足軽三人——で動くことが決められていた。

 墨染めの兵たちも、余力があれば私を援護するように指示されているようだ。衣にかけた(たすき)や額の鉢金を結び直し、手にした刀や薙刀を鞘から抜く準備を始める。

 僧兵たちの「我らには御仏がついておられる、案ずるな」という低い朗々とした声や念仏があちこちから耳に届いた。

 この僧兵や足軽くらいの装備であれば、確かに戦場では動きやすかろう。

 派手な色味はともかく、私は自身の全身をほぼ隙間なく埋める鎧を見下ろして、ひっそりと何度目かのため息をこぼした。


「わかってはいるんだけど……この装備って、ものすごぉく動きにくいと思わない?」

「そうおっしゃいますな」


 斉明も、言葉を変えては鹿爪らしく真面目に力説する。


「戦場でどこから飛んでくるかわからない矢や石つぶてから身を守るには、必須の装備(アイテム)でございます。姫様の御身に、否、御髪の一筋たりとも傷つくことがあってはいけません」


 こと戦において、そこまで無傷でいられるのは本陣で指揮をとる大将くらいだ。普通なら、あり得ない。そして、どうせ多少の怪我を負うのなら、動きにくい鎧や兜を外した方が戦闘力を上げられる気がするのだが……。

 斉明をここまで困らせてきた手前、この願いは飲み込むしかないようだ。


 ふうっと短く息をつくと、私を乗せた白帝が同じようにぶふぅと鼻息を鳴らした。

 白くて目立つ白帝も、馬鎧で全身を覆われてもはや何色の馬だかわからない。至極、不機嫌そうだ。


 そうだよね、お前も走りにくいよね。


 とんとんと首の付け根を叩いて、相憐れんでやる。


「ここまで装備しておいて、本当に矢の飛ぶ戦場を駆け抜ける機会がくるのかしらね、白帝」


 そもそも、こんな定石めいた策に兄上たちの東軍が嵌まるのか、と未だに不信に思う私だったが、斉明は自信がありげだった。


「この戦術のために、ここ数日に渡り我ら西軍は大軍を差し向けず、小刻みに攻め込んでは引くという心身ともに休まることのない鬱積した(ストレスフルな)状況を作り出しておりました。先駆けが定親様の軍であるなら敵も慎重になりましょうが、充剛殿の軍と知れれば油断するはず」


 なぜなら、と斉明はしたり顔で解説する。

 充剛軍が烏合の衆に近いことは東軍も知悉だ。そして、大将の充剛からして短気であり、それゆえ号令を待たず、我慢できずに勢い余って攻め込んできたと判断するのは容易。策も持たぬ獣のような奴らにこれ以上好き勝手はさせまいと、東軍は大いに奮い立ち、戦力をさいて逆襲に出るはず。

 作戦ではない、というそれを含めた作戦。


 果たして、東軍・頼忠叔父の軍はというと———。

 見事なほど、この罠に嵌ってしまったらしい。叔父上たちを、想定された通りのお馬鹿さんと判ずるべきか、その想定以上に疲弊させられていたととるべきか。


 合図の鏑矢(かぶらや)が響いたのは、合戦の開始から小半刻も経たぬ頃だった。

 私の望んでいた、戦の幕が上がろうとしていた。



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