表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/97


 兄上は低く唸って、毅然と部屋を出て行く霞を見送った。それから視線を清和に戻し、そこに解はないことを知ると、ついには私へとその双眸を向けた。

 懐かしい再会のはずだが、今は喜びも憎しみもなかった。それに勝る混乱と懐疑が入り乱れて溢れている。


 私に訊いても同じよ。分からないわ。

 声に出さなくてもそれだけは通じたようで、兄上は諦めたように腕を組み薄暗い天井を仰いだ。

 間もなく峰と霞が相次いで戻ってきて、明かりがともった部屋の中で簡単な手当てが始まった。

 晒し木綿で腕の傷口を拭いていた鷹丸が、「運んでいる時から気になっていましたが……」と前置きをして言った。


「傷はそんなに深くはないのに、随分と意識を失っておいでですよね。呼吸も浅いし………神経系の毒を刃物に仕込まれていたんじゃないでしょうか?」


 その推測は、私も頷ける。清和の弱り方は、どこか不自然だ。


「それと———」


 全員が見守る中で、鷹丸は今一度、清和の顔に視線を落として続けた。


「どこかで、お会いした気がして仕方なかったのですが………今年の春、沙羅姫様の最後の狩にお供した時に、あの山中で逢った貴公子———あれは、この方ではないのですか?」


 鷹丸は正面に座っていた私へと視線を上げて、どこか困ったように笑った。私が無茶をしたときに見せる、頼むからこれ以上はやめてくれという哀願に似た笑顔だ。


「否定してあげたいのは山々だけど———鷹丸、あんたにしては鋭いじゃない。そうよ、狩で出会ったのは、こいつよ」

「あ……あぁぁああ、姫様ぁぁ~。もう、一体全体どうなっているんですか!? 私たちに分かるように説明してくださいよ!!」


 ついに混乱の極みに達したような声をあげた鷹丸につられて、私も今まで押し殺してきた疑問と苛々と不安が一気に湧き上がり噴出する。


「私だって説明してほしいわよ! 狩で出会ったあのいけ好かない貴公子の正体が実は清和だって知ったのは、輿入れしてからよ。でもって、その清和は山名との戦で死んだはずなのに、何故か生きていて、しかも叔父上の軍で片桐と名乗っている———って一体どういうことなのよ!!」


 興奮を抑えることができないまま、私は最後に吐き捨てる勢いで宣言する。


「すべて本人から訊くわ!」

「………それが、賢明だろうな」


 その場を収めるように、義貴兄様が穏やかに口を開いた。


「鷹丸の見たてのとおりなら、毒消しを調合してもらわねばならん。峰、医師を呼ぶよう手配しなさい。ただし、この件に関しては一切、他言無用。医師はもちろん、この屋敷の者にも沙羅の逃亡とあわせて緘口令(かんこうれい)を敷くよう、よく言いきかせておいてくれ」

「承知いたしました」


 それは、兄上から私への緩やかな休戦協定だった。

 事情は分からないながらも、清和が生きていたとなると、私の三好への輿入れ話も微妙な状況になる。私の逃亡も清和の存在も今は公にせず、いったん様子を見るというのはお互いにとって、たしかに必要なことだった。

 小さく息をつく私を見定めて、兄上はその場で目を閉じた。

 そんな私たち兄妹に安堵したように、峰は再び部屋を出て行った。


      *


 医師がきて毒消しの処方をして、その日の夜も更けた頃、清和がようやく意識を戻した。

 兄上はすでに別室で休んでおり、部屋の中にいた峰と鷹丸を退出させて、霞だけを部屋の隅に控えさせると、私は清和と対峙した。


「………気分は?」

「最悪———といいたいところだが、幾分ましになったか」

「医師に毒消しを処方してもらったわ」

「そうか………」


 こうして落ち着いた室内であらためて見る清和は、面差しが以前とは少し変わっていた。

 明らかに頬の肉がおち、やつれて見えたし、眼の下に(クマ)ができている。私が苦手だったあの髭もない。けれど——私を見つめ返す、否、睨み返す、どこまでも冷ややかで鋭く強い瞳には変わりがなかった。私が好きな瞳だ。

 その瞳が左右に揺れて、訊いた。


「ここは?」

「巨椋池の近くにある畠山の別荘よ」

「細川には……?」

「………知らせていないわ」


 清和の瞳が僅かに細められた。


「私が細川に清和の生存を知らせなかったことが、意外?」


 幾分、皮肉気な口調になった私に、清和は黙ったまま視線をそらせた。しばらく待っても、そのまま彼は視線を戻さず、唇も硬く引き結ばれたままだ。

 自ら進んで話をする気はないようだ。ならば仕方ない。 


「話してもらいましょうか」


 私は静かに切り出す。


「なぜ、生きているのか。私が丹波の戦陣で見た、頭と胴の離れた清和は、いったい誰だったのか———」


 その瞬間、清和はぎょっとしたように私を見返して、口を開いた。


「まさか、見たのか!?」


 厳しく詰問するような声音で、私は驚きと同時に久しく忘れていた反発を覚える。


「もちろん、見たわ。———私はね、何事も自分の眼と耳で確認しなければ気がすまない性質なの。………まさか、知らなかった?」


 清和は絶望的な低い吐息をついた。そのまま、まるで仏像のように、口を開こうとはしない。

 重ねて説明を要求する私に、やがて清和はどこか投げやりに一言だけ答えた。


「<もう>、お前には関係ないだろう」


 冷たく突き放すその返答に、私があきらめも納得もするわけがない。


「<まだ>、私は細川清和の妻よ。説明を聞く権利があるわ」 


 清和は刺し貫くような鋭い瞳で私を睨んだが、私は怯まない。


 そう——清和を永遠に失ったというあの絶望と恐怖に比べたら、今さら怖いものなど無いに等しかった。


 目をそらすことも引くこともしない私の頑固さに、このまま睨み合っていても埒が明かないと判断したのか、覚悟を決めたように清和が言い放った。


「———いいだろう。すべてを話し、お前を細川から解き放つのが俺の役目だというなら」


 その台詞には、納得できない部分が多々あったが、私はあえて横槍は挟まず清和の続く言葉を待った。

 結論から言おう———、と清和は明快な声で衝撃の事実を告げた。


「死んだのは俺の弟……清成(きよなり)だ」


 ———弟!? 清成?


 聞きはじめの言葉に、私は眉をひそめる。


「………それって、比叡山にいるという弟?」


 細川では噂すら耳にすることも無かったが、清国殿以外の弟といえばその人物しかいない。

 無意識に首をかしげていた私に、清和は「よく知っているな」と浅く笑った。


「しかし、その弟——比叡山の音羽丸(おとわまる)——ではない。俺には、同日同所で生まれた、正真正銘<双子>の弟がいる。いや……いまとなっては<いた>か」


 双子、ですって!?


 唖然とする私にかまわず、清和は言を継ぐ。


「………清成の存在はごく限られた者しか知らない———父上ですら知らされていないはずだ」

「それは、いったい………」

「それを今から、聞かせてやろうというんだ」


 それから、私の知らなかった清和の長い長い過去が語られた。

 清和の語る過去———それは、<もう一人の清和>の過去でもあった。

   

       ***


 二十年前、細川京兆家では清元氏と正妻であった足利寧子(あしかがやすこ)——通称、北山殿——の間に、待望の第一子が誕生した。しかし、それは予期せぬことに双子の男子であった。清和とその弟・清成殿だ。

 双子は、そもそも武家では歓迎されない風習があり、なおかつ現代(室町末期)では同じ血の流れた兄弟でも、家督争いをする時代だ。とはいえ、穏やかで理知的な清元氏の性格からして、生まれたのが双子の男子と知ったとしても、片方の命を絶つような蛮行は無かっただろう。だが、言い換えるなら、いかに清元氏でも、命は安堵したとしても、双子の弟を兄と同格に扱うことは無く、いずれは養子か寺社へ預けられるのは目に見えていた。そして離れていても、もう一人男子が存在するという事実が周知であれば、いずれよからぬことを企む輩も出てくるかもしれない。


 清和たちの母上にあたる北山殿は、政治や権力闘争に子供が利用されることを何よりも恐れた。そこで北山殿は、産後間もない状態でありながらも、家のためにも、生まれた子供のためにも、双子であるということは伏せたほうがよいと判断し、弟にあたる清成殿を、速やかに自らの乳母(備前)の実家である備前の国に預けたという。


 産所が北山殿の実家である足利家の縁戚であったことも幸いし、双子の誕生は髪の一筋ほども外部にもらされることなく、細川家には清和の誕生のみが知らされ華々しい祝賀が開かれた。そののち、清和は母親である北山殿のもと、北山殿の乳母であった備前とその娘で清和の乳母として雇い入れられていた小備前の親子によって育てられ、他方、清成殿は備前の実家に残っていた小備前の妹(弾正)によって育てられることとなった。


 成長した清和は、その母からひそかに、双子の兄弟がいると教えられながらも、会うことは叶わなかったと云う。ただ、北山殿が依頼し、小備前の妹が用意した、二振りの太刀を彼ら兄弟は取り交わした。備前長船に作らせた二振りの太刀には、兄と弟それぞれの名が刻印されていた。兄の名を刻んだ太刀を弟が、弟の名を刻んだ太刀を兄が、それぞれが一振りずつ持つことで、常にその半身が傍らにいるのだと感じ、兄弟の絆を深めてほしいという母の願いからだ。そうして、それぞれに違う場所で成長した二人は、お互いの存在を太刀を通して実感し認め合いながらも、———だが、決して会い見えることはないはずだった。


 しかし、八年前に事件が起こった。


「当時、十二歳になったばかりの俺は、邸内にあった馬場でよく馬術の鍛錬をした。元服前に弓馬を一人前に扱えるようになっておきたいという気持ちから、ほぼ毎日といってもいいくらい通っていた。母上はそれを諫めはしなかったが、内心は心配していたようだ。………もっとも、それを知ったのは、ずいぶん後のことだが」


 自嘲的につぶやいて、清和は遠い目を天井に向ける。


「あの日———、母上と山王丸(清国)が馬場に現れたのは、未の刻を過ぎたあたりだったか………。普段、馬場になど足を運ばない母上が山王丸を伴って現れたので、ひどく驚いたのを覚えている。山王丸は近く『馬乗始の儀』を迎える予定だったが、それよりも早く馬に触れたいと駄々をこねたらしい。

 馬に慣れず怯えるお付の侍女達を入口に残して、山王丸は母上と近くで馬を見て大喜びだった。厩舎の者たちも幼い山王丸が無邪気に喜ぶ姿に気をよくしたのか、父上の愛馬や俺の馬など、細川自慢の馬を何頭か馬場に出して披露した。なかには馬乗始の儀に先立って、山王丸のためにと用意しておいた手ごろな子馬もいて、家臣の手を借りながら、山王丸はその子馬と触れ合うことに夢中になっていた。母上も傍で微笑ましくそのさまを見守っていた。俺も母上の見ている前で、馬術を披露できるとあって、内心喜んでいた……。どうということのない、母子(おやこ)の平和な日常風景だ。そうだろう?」


 不意に同意を求められて、私はとっさに頷いてしまった。

 昔語りをしながら、こちらを見た清和の瞳は穏やかで——穏やか過ぎて、まるで透明な面でもつけて、その下の本当の感情を隠しているみたいで、私は何故か落ち着かない。


「剣術同様、馬も十分に乗りこなすお前なら知っているだろうが、馬は元来臆病な性質だが、よく調教されていれば火の中でも進むし、戦場の中にあっても主人の指示に従う。俺の乗っていた馬はそれより一年半ほど前に室町五条の馬市で手に入れた鹿毛で、すでにかなり調教されていて、戦場に出してもおかしくない馬だった。それが、何の前触れもなく嘶いたかと思うと、いきなり暴れだした。皆が取り押さえようと必死になったし、騎乗していた俺も何とかいうことをきかせようとした。しかし、馬はおとなしくなるどころか、気でも狂ったように前脚、後脚を蹴り上げ、右へ左へと暴走し、周囲の家臣を蹴り殺す勢いで退けた。そして、折りしも山王丸と山王丸が戯れる子馬に向かった———」


 どこからだろう。

 私は清和の話す内容に、嫌な感じの既視感(デジャヴ)を覚えていた。

 どこかで、この話を聞いている。あるいは、聞いたことがある話に似ている。

 記憶を辿りかけて、それは唐突に甦った。


 かつて細川邸の私達の部屋で、清和自身が話してくれた、母君———北山殿の最期の話だ。

 あの時の後味の悪さが同時に胸の底から甦り、私は「やめて」と心の中で懇願する。

 同じ話を繰り返す必要はない———、そう言葉に出しかけて、今度はぎくりとする。

 同じ話に思えるけれど、まったく同じ話ではない………語り口が、微妙に違う。その違いを確認したかったわけではなかったが、気づけは私は清和の話の続きを聞き入っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ