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(ニ)

 

 京でも見かけぬほどの美貌の持ち主だった。鄙人とは思えぬ陶器のような肌に、艶やかな黒髪と、同じく黒く輝く猫のような瞳を持っていた。黙っていれば、生き(びな)の如く可憐な女性……西施(せいし)や楊貴妃もかくやという佳人だ。お前も知ってるように、俺はさほどに人の見た目を気にする質ではないが、そんな俺でも正直、驚いた。だが、見た目以上に驚いたのが、その容貌にそぐわぬ苛烈な性格だ。母上や備前(びぜん)のように芯がしっかりしている女性を知らぬわけではない。だが、内面の強さであるとか以前に、こんな勝気な女が存在するのか……というか、その存在をよしとしているこの世の在り方というか——つまりは常識を疑った。俺たちとそう変わらない年頃に見えたが、頭が良いのか悪いのか——どちらかというと馬鹿寄りか?——とにかく猪みたいに真正面から向かってくる怖いもの知らずで、おまけにかなりの負けず嫌いときた。見た目の印象など、すぐに吹き飛んだわ。


 この辺りの国人の娘と思われるが、供人(ともびと)の下男には内心同情したぞ。いかに美しかろうが、あの気性は大変だろうと。あの女にそもそも妻としての需要があるか甚だ不明だが、もしかしたら、あの下男がゆくゆくはあの女を妻に迎えるのかもと想像して、気の毒な気分になった。小心そうな男だったが……まあ多少じゃじゃ馬の扱いは心得ているようなのが救いか。


 備前育ちのお前なら、鄙の女子はそういうものだと言うかもしれない。だが、俺には一種の衝撃だった。こんな女もいるのかと、現場を離れて独りになったところで笑えてきたくらいだ。黒帝を傷つけられて不愉快ではあったが、今思えば、それ以上に面白い経験だった。無論、二度と相見(あいまみ)えることはなかろうし、もう一度会ってみたいとも思わないがな。もし興味を持ったなら、お前が自分で探しに行くといい。


 話を戻すとしようか。


 件の<畠山の今かぐや>が実際どのような姫であれ、俺はこの政略結婚を承知している。そこは心配するな。評判通りなら、見た目はともかく、大人しく聞き分けの良い人形のような姫だろう。面白くはないが、俺たちには都合がいい。お前が俺のことを案じているのは察している。だが気にするな。これまで同様、きっと上手くいくだろう。

 さて、俺はもう少し自由な時間を楽しませてもらうとする。この世の中には、俺たちの想像を超えた面白いものがまだまだあるということだな。ここしばらく気分が晴れなかったが、この旅のおかげで少しすっきりしそうだ。   和』



 筆をおいた清和は、部屋の隅で黙々と写経をする小備前に遠慮がちに声をかけた。


「熱心に書いているところすまない。そなた、確か明朝、弾正に使いを出すと言っていなかったか?」


 写経の手を止めて、小備前は柔和な笑みを浮かべた。


「さようでございますが……そちらの(ふみ)も一緒に、京へ届けさせた方がよろしゅうございましょうか」


「うむ、頼む。これを泰之(やすゆき)に」


 言いながら、清和は手早く折りたたんだ文に、さらさらと宛名を記した。


「承知いたしました。ちょうど手も疲れてきたところでございますゆえ、一息入れましょう」


 小備前は写経を拡げた文机を押し退けるように両手をつくと、ヨイショと膨よかな体を持ち上げた。乳母を引退してから、緩やかにだが確実に体積が増している。

 日々の生活に様々な意味でゆとりができた証なのだろうけれど、いずれは健康を害するのではないかと清和は時折案じてもいた。

 そんな清和の心中を察してか、小備前は柔らかだが有無を言わせぬ佇まいで清和に迫った。


「若君もご一服なさいますよね? 何やら余計な心配は無用に願いますわ」


 そう、小備前にとって清和はいつまで経っても若君だ。


 小童(こわっぱ)が乳母の心配などするは、烏滸(おこ)がましいか。


 清和はいつもの貴公子を思わせる凛々しさで、鷹揚に頷くのだった。




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