六
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七日。
衝撃の朝、部屋に戻り、霞をも寄せ付けず一人延々と考え込んだのは、残された七日という短い時間で、どうやってこの危機を切り抜けるかだった。
生憎、私は泣き寝入りをするような性格じゃない。
現実を受け止めて、どうしようもないと悟ったあの瞬間から、もう次のことを考え始めていた。
要するに、七日の間にこの館から抜け出して、輿入れなんてモノをお釈迦にしてやるという計画だ。
あらゆる手段を考えるのに丸二日かかったが、考えがまとまり次第、私は行動にうつした。
厩舎を強行突破する事から始め、雑色ぐらいしか使わない抜け道、屋根裏や床下も使ったし、果ては侍女にまで変装した。
が、敵もさるもので、こちらの行動を実によく読んでいた。
また、この館そのものが曲者だった。
かつては千早城と呼ばれ楠木党の堅牢な城として機能していたくらいで、館周辺からの侵入はもちろん、逆に脱走するにも難しい立地構造になっていて、猫の仔一匹でも見逃さない。
今更ではあるが、父上はそこまでを計算して私をここに誘い出したのだろう。
それまでは私に見せることのなかった、冷酷な国主としての一面を知らされた。
こうして、五日目の朝を迎えるまでに私は計八回に及ぶ脱出劇を試みたが、それらはことごとく兄上達によって阻まれた。
そして、今やほとんど座敷牢と化した私室の中で、私は万策つきたことを悟ったのだった。
だが、それでも私は諦めるつもりはなかった。
……といっても、館はこんな状態だ。とても抜け出せそうにはない。
残された最後の、そして唯一の手段———それは、輿入れ当日に館を出た輿から、直接脱走を図るという手段だ。
こればかりは、兄上達にだって阻止できやしない。
そんなわけで、私はこの目論見を誰にも悟らせまいと、残る一日を一見諦めておとなしくしょぼくれているかのように過ごした。
*
おとなしくした効果はてきめんだった。
輿入れの前夜——畠山で過ごす最後の夜、義母上はてっきり私が諦めたと思ったのだろう。
細川に嫁いでからの心得や、今までの思い出など、夜が更けるまでしみじみと、時には涙ぐみながら話していかれた。
私もまあ、これが別な意味で最後になるかもしれないと思ったから、今まで育ててくださったお礼やなんかはきっちりとしておいた。
義母上は父上とは違って、なんの策略もなく私を育ててくださった方だもの。
細川に行ったのではないと知ったら、きっと心配なさるだろう。
だが今は、本当のことは口が裂けても言えなかった。
彼女が去った後は、明日の計画の見直しに取りかかるつもりだった。
だがその前に、予想もしなかった人がやってきた。
義貴兄様だった。
*
人払いをして近づいてくる兄上に、燭台の火がゆらゆらと揺れた。
「……兄上もお別れを言いに?」
私はいくらか険のある口調で、腰を下ろす兄上を迎えた。
その態度に苦笑を浮かべながら、兄上はまあな、と小さく応える。
同母であるだけに一番親しく、何よりも頼りにしていた兄だった。
しかし、彼は今や父上側の人間なのだ。
裏切り者め、と独白して、私はまだ開けたままの格子の隙間から月を眺めた。
十三夜の月だった。あと二、三日もすれば美しい満月になる。
幾度となく眺めてきたこの月も、もうこの紀伊の国から観ることはないのだろうか。
昔のように、この兄上とも……。
そしてもう、兄上との間にできた溝を埋める術はないのだろうか……?
いや、その方法がないことはない。例えば、この兄上がここで折れたなら——。
ありえないことを想像しながら、私は月から兄上へと視線を戻した。侍女はそのときを待っていたように、格子戸を下ろして戸締まりをしていく。
兄上と私は向かい合ったまま、沈黙を保っていた。
やがて、部屋の戸を閉めて侍女が姿を消した。
部屋の周りを見張っていた侍や侍女たちは、兄上がくるときに追い払っていったので、いまや私たちは完全に二人きりだった。
兄上は最後の侍女の足音が聞こえなくなって、ようやく沈黙を破った。




