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第3話 佐藤はる③

 二日後の朝、出社すると吉田さんと氷川さんがバタバタしている。いや、氷川さんが吉田さんに頭をさげているようだ。

 私の出社に気づいた吉田さんが私に呼びかける。

「あ、佐藤さんきた。今から会議室に来て。」

 有無を言わさぬ態度に嫌な予感がする。荷物を置いてパソコンを持って急いで追いかけると、会議室には吉田さんと氷川さんがいた。

「あの、何かあったんでしょうか。」

 恐る恐る尋ねると、氷川さんが苦虫を嚙み潰したような表情をして、吉田さんは深いため息を吐く。

「どうもこうも、一昨日出してもらった見積書に間違いがあったんだよ。」

 そう吐き捨てられた一言に一気に血の気が引く。

「資材の単価が4月から変わってるのを見落としたでしょ。結構合計金額に影響が出てるんだよ。しかも見積書の金額で契約も交わしちゃってるから、先方も今更金額変更は受け付けられないって。氷川さん単価変動のこと注意してって伝えてないの?」

「すみません。私の確認不足です。」

 氷川さんが深々と頭を下げる。

 急いでマニュアルを確認すると、該当ページに「資材は月単位で単価が変わる可能性あり。必ず最新の単価を確認すること」ときちんと書いてあった。

 完全に自分のミスだ。


「申し訳ございません。見積書の作成マニュアルに書いてあったのを見落としました。」

 頭を下げる。怖くて顔をあげられない。ミスした金額差は私のひと月分の給与を超える額にもなる。

「しっかりしてよ。学生気分じゃ困るんだよ。氷川さんも教育係でしょ。ちゃんとチェックしてよ。」

 吉田さんのイライラは止まらない。

 私のせいで氷川さんが責められるのは申し訳ないが、だからと言って何かかける言葉もなくひたすら「申し訳ございません。」を繰り返す。

 吉田さんがもう一度ため息を吐いた。

「俺に謝られても意味ないから。氷川さん、この後A社に謝罪に行くから見積書を至急作り直して。あと、A社の担当と氷川さん仲良かったよね。」

「はい。新人時代お世話になりました。」

「じゃあ謝罪も一緒に来て。」

「わかりました。今回は確認不足で本当にすみませんでした。」

 氷川さんの謝罪をスルーして吉田さんは会議室を出て行ってしまった。

「あ、私のミスなので私が作り直します。謝罪も・・」

「いい。私が作る。今度の見積書はミスできないし、佐藤さんが来ても先方との関係性がないから謝罪にならないでしょ。」

 役に立たないから来るなということだ。

「気にしないで。確認時に気づかなかったのは私だから。すぐに謝りに行った方がいいから私が作り直した方が早いし、それに…その爪じゃ謝罪につれていけないから。」

 ちらりと爪を見てから氷川さんも足早に去っていく。

 残った私はパソコンを抱きかかえる自分の爪を見ながら、しばらく下を向いて唇を噛みしめるしかなかった。



 その日、二人が戻ってきたのは夕方だった。

 アポなしだったので話を聞いてくれるまで待っていたらしく、その熱意が伝わったのか、氷川さんと相手との関係性のおかげか、ひとまず値段交渉はできたらしい。

 とはいえ、先方も元の見積書で稟議を通しているため、両社妥協点を取った金額で進めることになったと、帰ってきた氷川さんが教えてくれた。

 当初よりはよかったが、それでも会社に損害を出してしまった。

 私は改めて氷川さんに謝ると「気にしないで。次から気を付けてくれればいいから」と言って、ことの顛末を部長に報告に行ってしまった。


 その間に、同じく迷惑をかけてしまった吉田さんにも改めて頭を下げて謝罪した。

 吉田さんは私をちらりと見ただけで、冷たい声を落とす。

「次からは気をつけて。もう入社して二か月だろ。自分の行動ひとつでどれだけ迷惑がかかるか、もっと考えて動け。そんなチャラチャラした爪をしている暇があるなら仕事をまともにこなせ」

 そう吐き捨てると、視線をパソコンへ戻してしまった。


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