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人は死んだらどこへ向かうのだろうって、天国や地獄って場所で暮らすとか、無となり意思もなくなるなんて言う人もいたな。死後の世界で生まれ変わりを待つだとか、夢いっぱいで話のタネは尽きないもんだ。
色んな説があってもいいと思うよ。色んな死後の在り方があってもいいんだよ。天国に行っても綺麗さっぱり自分を失くしてしまっても、さっさと生まれ変わってもいい。各々が願うように死後の世界は存在するのだから。
「一体、どういうことだ。」
地獄に行くような行いを生前してしまったと悔やむようなら地獄に行けばいいんだよ。悪逆の限りを尽くしたと誰かに咎められても天国に行けると思うなら天国に行けばいいのさ。
死後の世界は願いの世界、想念の世界。感じたいように心のままにあなただけの死後の世界を創造しなよ。
「あんたは誰なんだ。」
誰だっていいよ。神様でも天使でも悪魔でも異星人でも高次元の存在かもしれないし宇宙の意思かも。君の友達かもしれないし、いつかの恋人だったりするかもね。
「俺に恋人なんていない。」
いつかって言ったでしょ。過去や未来、前世や来世、並行世界の恋人かもしれないよ。
「曖昧な言い方ばかりだ。なんでも知ってそうなくせに。からかっているのか?」
さっき言ったじゃないか。君が決めていいことだ。全部在り方も、生き方も、過程も結末もね。もしかして自分じゃ決断できないかな?それでもいいんだよ。他人に決断を託すのもまた決断だ。生きていても死んでいても決断ばかりだね。大変かな?そうでもないかな?意識的にも無意識的にも決断ばかりだね。やっぱり大変かもね。それも君が決めていいよ。決めようとしなくても勝手に君が選んじゃうんだから、難しく考えなくてもいいことだよ。心のままにね。全ては心の赴くままにね…
「………俺は、……」
うん
「俺はこれからどうすればいい」
とりあえずもうじき目が覚めるよ。もう朝だから身体が起きてしまう。体内時計~。
「俺はもう少し話がしたいと、そう選んで決めたんだ。なら朝が来ても目が覚めないでいられるんじゃないのか」
私がしたのは今の話だけどこれからの話でもあるから。
「?よくわからない」
君が目覚めたくなくても、目覚めたい君がいるんだよ。それと目覚めさせたい誰かもいるんだよ。
「俺はもうじき死ぬのか?」
そう最後に呟いた言葉に彼女は何も答えなかった。多分だが答えようとすらしなかったように思える。じわりと空間が朧げ上下左右に分散しだして不思議と空に揺蕩うように優し気な太陽が昇っていた。
目が覚めた。朝が来ていた。
今日は日曜日。体を起こさずに天井を見つめる。大きな欠伸を一つ。枕もとのスマホを手にとって時間を確認する。七時半。少し眠いが二度寝してしまえば先ほど見た夢の内容を忘れてしまうかもしれない。
顔を洗い終え、フライパンに食パンを放って焼いていく。簡単だが今朝の朝ごはんだ。インスタントの味噌汁も用意した。部屋の電気は付けず窓から入る日光だけの薄明るい部屋でテレビもスマホも見ずに、聞こえるのは鳥のさえずりと遠くから聞こえる自動車の走行音。サクサクと食パンを噛みあじわう。
静かに食事に集中する。ただ食べることそのものにのみ意識を向ける。
食事を終えた。速やかに皿を洗う。いつもなら皿を洗うことに何も思うことはない。だが今日は少しだけ水が手の表面を流れる感触などに意識を向けてみる。だから、一体、なんだというのか。それで、何が、得られるのか。
一つ溜息。
やかんに水をいれ火にかける。インスタントコーヒーをマグカップの底面半分淹れる。
朝の一連の流れをぼんやりした頭で進めていく。居心地がいいのだ、と思う。ご飯を食べて、水が飲めて、電気が使えて、お湯が沸くのを待つ間こうしてスマホをいじって適当にSNSのページをスクロールして時間を過ごす。娯楽にあふれ自室にいるままでも外に出てもたくさんのものにふれられて、やっぱり幸福なのだろう。ただ、幸福の大きさに限らず人は身近にある幸福に気づけなかったり、一度幸福を体験したら、更に次の幸福を追い求めていってしまうものだ。飽き足らず幸福を消化していくんだ、欲望に支配されているかのように。
自分もやっぱりそんな人間で、人に偉そうに講釈を垂れるほど上等なもんじゃない。
まぁ自分に言い聞かせるだけの話に上等さなんていらないか。
熱いコーヒーをやけどしないようにすすって夢の話を思い出す。
普段はいちいち夢の内容など気にもかけず忘れていくが、今回に限って妙に鮮明で気になって仕方がない。謎の女が死後の世界の在り様が個人が決めていいなんて言っていたが、そこに関して肯定も否定もしないけれど、そうであったら楽しいかもしれないと少し思ってしまった。欲しいものがあるなら物も人もなんでも全て瞬時に手に入れられて、苦痛も悩みもない穏やかな生活は素晴らしいかもしれない。
ただそんな生活でも長い時間を過ごしていれば飽きたりするだろうか。わざわざ悩みや不安を生み出し順調に物事か運ばないよう躓く時間を用意して挫折や達成感を演じてみたりするのだろうか。わざとらしくならないように、自分が創り出した現実であるということを完全に忘れるように操作できたら完璧だ。
「もうただ人生を生きるのと変わらないな」
コーヒーをまた一口飲む。コーヒーを味わうための過程で挫折などしたくないし、飲み干した達成感なんていらないなぁとにやける。苦痛をわざわざ感じるくらいなら飽きを継続する方がましなんじゃないかと貧しい想像力は結論づけた。
なんの障害もない人生など経験したこともないくせに…
いや、それを今忘れてしまっているだけなんじゃないか…?本当は
本当のところ現実世界は、今生きている世界も…
ぽつぽつと頭の中に声が浮かび上がりつづける。
どうにもあの夢を忘れることができそうにもない。