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7

 いつの間にか赤レンガの建物は姿を隠し、辺りは灰色の建物ばかりになっていた。活気から遠く離れたその場所に、高い塔がぽつんと立っていた。

 レフは今、その塔の前にいる。


 知らない場所に辿り着いてしまった。どれくらい歩いたのだろう。

 レフは来た道を確認するように、後ろを振り返る。

 ……まぁ、なんとか戻れるだろう。楽観的なのか、ただ考えることを放棄したのか、レフはそう結論付けた。それよりもと、再び塔へと向き直る。


 到底大通りとは呼べない道に面したその塔は、どこかもの寂しく見えた。

 塔の周りに塀があるものの所々穴が空いていて、もはやその役割を果たしていない。穴の覗いた先には雑草が無造作に生えており、塔の麓にも植物がまとわりついている。

 塔が崩れてないのが唯一の救いか。そんな寂れた塔の周りには、当たり前のように人はいない。


 ここでレフは思い出した。そうだ、これは街の外から見えていた塔だ。アマンダが何もないと称した、街から置いてかれて忘れられた場所。ここは旧市街か。


 こんな場所に来てしまうとは。無意識に陰鬱な場所へと赴いた自分の行動に、レフは苦笑いをこぼす。だがまぁ、別にこういった場所も嫌いではないし。たまにはいいよね。自分の中で渦巻く暗い気持ちを誤魔化すように、そう言い訳をする。

 それにと、レフが再び塔を見上げる。街に入る前から少し気になってはいた。上から見える景色はどんなのだろうか。好奇心に身を任せれば、多少は気分も晴れるかも。


 「よし」


 レフが両の頬をパチパチと叩いた。そして、塀の空いた穴から、内側へと足を踏み入れる。

 運よくなのか廃れたがための必然なのか、塔の扉の施錠が風化と共に壊れていた。高さと裏腹に塔の中はかなり狭く、ほとんど上へと続く螺旋階段で埋まっていた。


「階段は、大丈夫そうだな」


 独りごとを呟きながら、階段を観察する。階段からも風化を感じさせる箇所はあるものの、下から見上げる限りでは大きく崩れている箇所はなさそうだ。


 ふと、レフは違和感を覚え、一階部分を見回す。

 異様に綺麗だな。

 芸術的に綺麗とか、そういう意味ではない。この塔は街から、人々から忘れられた建物だ。なのに、あまりにも汚れが少ないように思えた。

 確証を持てるほどの根拠はない。そもそもほとんど野宿をしているレフなのだ、建物の綺麗さなどは門外漢も甚だしい。ただ、同じく旅をしている経験上、誰もいない廃屋などで夜を明かすこともある。それらと比べれば、この塔は随分と綺麗だ。


「うーん」


 レフは腕を組み、床へと視線を送っては、階段をなぞるようにして再び上を見上げる。気にするようなことではないのかもしれない。だが、気になってしまった。


 そんな疑問に答えるかのように、ギィっと、レフの後ろの扉が開いた。


「ッ!」


 咄嗟に、レフは扉から離れるように飛び退く。好奇心の赴くままに行動して、何度痛い目を見たことか。今回もそうなのかと歯を食いしばり、ゆっくりと開く扉を凝視した。


 瞬間、半開きの扉から飛び出した見知ったモフモフに、レフは押し倒されていた。


「ヴォフ!」


「ちょ、待っ」


「ヴァウフ!」


「だから、待て、って、ロックス!」


 レフは顔をよだれまみれにされながら、飛びついてきたロックスをなだめる。だが怒気のこもっていない

制止をロックスが聞き入れるはずもない。レフがなんとか上体を起こしても、ロックスはまだ顔をベロベロと舐めていた。


 レフは内心笑った。

 なんだ。どうやら寂しかったのは俺だけじゃなかったようだな。

 離れていた時間を埋めるように、レフはロックスに抱き着き、顔を彼の毛の中にうずめた。


「はぁ、お前……せめて顔見せに来いよ……というかお前が一人旅に出たくせによぉ」


 申し訳なさそうな声を出しながら、ロックスはスリスリと顔を寄せた。

 レフは顔をうずめたまま、スゥと大きく息を吸い、ハァと大きく息を吐いた。

 よし、もう大丈夫だ。

 ロックスに久しぶりに会っただけで、何日も患っていた憂いが吹き飛んだ自分の甘さを自覚しながら、レフはやっと正常に戻った思考で顔をあげる。


「それで、ロックス。そこにいるのはお前の友達か?」


 ロックスは嬉しそうに返事をすると、扉の方で隠れるようにして様子を伺っていた影へと走っていった。


「あ、ちょ、ちょっと」


「ヴァフ!」


 ――あぁ、やっぱりそうか。ロックスによって扉の影から押し出された少年を見て、レフは先日の推理が正しかったと納得する。ニコッと微笑み、声をかけた。


「こんにちは、小さな客人。って、違うか」


「……」


 構図としては確かにレフが少年を招き入れているようだが、この少年は恐らくこの塔が綺麗な要因だ。であれば、むしろ訪問者はレフの方だ。

 少年は押し黙ったまま、警戒のはらんだ目でレフを睨んでいた。だがそんな彼の周りをロックスはぐるぐると楽しそうに回っているせいで、何ともおかしな状況が生まれていた。レフは思わず笑みを深めながら、少年を観察する。


 随分と着古された恰好だ。汚れはもちろん、服の所々に傷や穴がある。

 恐らくだが、この少年は活気の裏側、いわゆる街の闇の部分に住んでいる。世間的には浮浪者とでも呼ばれるのだろうが、レフはこの言葉を好まない。何せ、人から見ればレフもその中に含まれる。

 だが自らそういう生活を選んでいるレフと、彼は恐らく違う。


 少年はギュッと服の端を掴んでいる。どうやら荒事に慣れていないようだ。それとも、大人には敵わないと最初から諦めているのか。いずれにせよ、この少年は小さな体で色んな不条理を経験し、それでもなんとか必死に生きているんだろう。

 そんな推測を立てながら、レフはにこやかな顔のまま、再び声をかけた。


「君はここの住人かい?」


「……」


「ごめんね、勝手に入っちゃって。上の景色が気になっちゃってね。大丈夫、すぐに出るから。安心して」


「よっ」とレフが立ち上がると、少年の体がびくっと反応した。それを見て、レフは動きを緩める。そして少年との距離を保つようにして、落ち着いた足取りで塔の扉へと向かった。少年もまた、レフとの距離を保つようにして塔の中の方へと移動した。そうしてレフは扉へと辿り着く。だがその扉を出る前に、レフは今一度少年の方へと振り向き、再び体の強張った少年へと話しかけた。


「そこにいるロックスと仲良くしてくれてありがとうね」


 かすかに、目が見開いた。そんな少年を見て、レフは思わず「フフ」と声を漏らす。


「遅れたけど、俺の名前はレフ。そこにいるロックスの相棒だ。どうやらロックスは君にだいぶ懐いているようだね。優しくしてくれてありがとう」


 先ほど睨んでいた少年の目は、もうどこにもなかった。まるで掛けられた言葉を理解出来なように、目を白黒させていた。


「俺たちはこの街の外から来たけど、まだしばらくはこの街に居る。だから、良かったらこれからもロックスと仲良くしてあげて。あ、でもロックス、お前、ちょっとは顔を出せ! その、なんだ……とにかく顔出せよ!」


 なんとも締まらない言葉を残し、レフは今度こそ塔を出た。

 少年はといえば、ポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。そして、そんな少年を面白がるように、ロックスは前足を使って器用に彼の顔を覗き込んでいた。


 結果的にではあるが、レフはいつもより少し早くアマンダの所へと戻った。店に入るなり、「おや」と漏らしながら、面白いものを見るようにアマンダが声をかけた。


「今日は随分と機嫌が良さそうじゃないか」


「分かります?」


「そんな腑抜けた顔をしてたら、そら誰だって分かるよ」


 そんなに顔に出てたのかと、レフは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。


「さっきロックスが友達を紹介してくれたんですよ」


 目を瞬かせたアマンダはすぐに破顔し、「そうかい」と返事をした。レフに昨日までかかっていた暗い影は、もうどこにもなかった。

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