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「ありがとうございます」
アマンダの説教から数日。レフは露天商に交じって絵を売っていた。今まさに売れた絵を袋で包み、客に渡す。この絵を包装する接客は、アマンダの説教の賜物だったりする。
レフが絵を広げているのは、先日財布を盗まれた市場の近くにある露店群の中。アマンダから教わるまでレフは気づいていなかったが、外周に市場へ入らずとも広場を抜けられるだけのスペースがある。元々はただの道だったが、今では多くの露天商が商品を広げている場所になっている。そしていつしか街の人は市場を『場内』、露店群を『場外』と呼ぶようになった。
レフは売れた絵の代金を受け取って、客を見送る。
アマンダの助言通りに場外で露店を開くと、レフはいくつかの絵を売ることに成功していた。初日こそは声掛けや集客の工夫をしても、歴戦の露天商たちに勝てるはずもなく、全く売れなかった。そうしてレフは早々にこれらの工夫を諦め、露店で絵を描き始めた。飽きたともいう。
だがなんとこれが一番の集客効果を発揮した。誰もが素通りする露店に見物客が増え、そして徐々に絵が売れるようになった。結果として、レフは露店営業を思いのほか楽しみながら、十分な金銭を稼ぐことが出来ていた。
だが、その楽しさも最初の方だけだった。ある日、ロックスが消えたのだ。
代金を仕舞おうとリュックを開け、レフが店用の財布を探す。これは「普段用と店用ぐらい別けなさい」というお叱りと共に、アマンダから押し付けられたものだ。
代金を店用の財布に入れ、同じく押し付けられた普段用の財布の隣へと仕舞おうとしたところで、こちらは持っていかれていることを思い出す。
レフが露店を楽しんでいた一方で、ロックスは退屈していた。それもそのはず、レフが絵を描くときもそうだが、露店でロックスはただひたすら寝ることぐらいしかすることがない。
普段絵を描いている時であれば、少し邪魔をして構ってもらうことが多いが、露店では変に遠慮してそういうことを中々出来ずにいた。それでも今までであればそういうものだと割り切り、ロックスはレフの横でくるまっていただろう。
だがその今までというのは、大抵はレフが絵を描き終えるか、露店に飽きるかで終わりを告げる。期間でいえば大体一日、長くても二日。
だが今回、レフは露店を意外にも楽しんでいた。そうして露店期間はどんどん延びていき、ロックスにとっては、つまらない時間がどんどんと延びた。そして、飽きたなのか拗ねたなのか、ロックスはフラッと、露店を離れるようになった。普段用の財布を持って。
もはやあれはロックスの財布になったなと諦めながら、レフがリュックの口を閉じる。
……。
今は不在の相棒に、思いを馳せる。
最初の方は、露店の店じまいをする頃には戻ってきていた。ケガをして帰ってくる訳でもなかったので、レフはこの単独行動を特に気にしなかった。そうして高を括っているうちに、ロックスはついに帰ってこなくった。
ロックスが消えた初日、まぁちょっと遅いだけだなと、レフはアマンダの所へと先に戻った。いずれ帰ってくるだろうと、そう楽観的に構えて。
だがその日、ロックスは結局姿を見せず、帰って来なかった。その次の日も。その次の日も。
これにはさすがにレフもじっとはしていられなかった。当然探し回ったが、見つけられなかった。焦りばかりが募った。とはいえ、ロックスの身に何かがあったとは思っていなかった。それはロックスを知っているからなのか、ただそう信じたかったからなのか。
だから、これはきっとロックス自身が選んだ行動なのだと、納得しようとした。 きっと今、彼は冒険をしてる。それが終わったら戻ってくる。戻ってくるはずだと。
そんな逡巡を繰り返しながら、レフは露店を続けることにした。こうしていれば、ロックスがいずれフラッと戻ってくるんじゃないかと、信じたくて。
はぁ、とレフがため息を吐く。何をやってるんだか。思えば、こうしてロックスと離れて行動するのは随分と久しぶりだ。実はこれが初めてだったとしても、驚かない。
一日二日なら、まだなんとかなったかもしれない。なんとか空元気と理性で乗り越えられた。帰ってきた時の為に今はお金を貯めようと、そう言い聞かせながら。
だが数日もたてば、それも限界を迎えてきた。
……。
考えがまとまらない。筆が止まる。何をしようとしてたんだっけ。意識が、感情に流れる。
そっと自分の横に手を伸ばすも、いつも居るはずの温もりがなく、手が空を切る。
……今日はもうダメだな。
一層の賑わいを示す場外で、レフは露店を片付けた。
明日になれば、また大丈夫になるかもしれない。
そんなあるはずもないことを言い聞かせながら、レフがリュックを背負う。なんだかアマンダのところへ戻るのも少し気が引ける。フラッと立ち上がり、人波に紛れるように、ただ茫然と、広場をいつもとは違う方向から出た。