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翌日、アマンダにおつかいを頼まれ、レフたちは再び市場に居た。
昨日は結局市場に入らなかったためか、レフはおつかいを楽しんでいた。
ロックスも二度目とはいえ、尻尾を揺らしていた。
今日も市場は活気に溢れている。
色とりどりの野菜や果物、量り売りされている加工肉、様々な工芸品や織物。所狭しと並んだ店はどれも魅力で溢れていて、そんな場所でレフの欲求が顔を出さないはずもなかった。
だが幸か不幸か、市場の中で座って絵を描ける場所などはない。そのおかげか、おつかいは順調に進んでいた。何度かロックスがレフの服を引っ張る場面はあったが。
そんな中、ロックスは一つの店の前で足を止めた。その店では加工肉を軽く炙り、新鮮な野菜と共にパンで挟んだサンドが売られていた。
「おや、また来たのかい?」
屋台から身を乗り出した女店主が、ロックスの姿に気づき声をかけた。そしてそれを見て、レフは察した。
昨日ロックスが買い物をした店は、ここだ。
「こんにちは、昨日はうちのがお世話になりました」
「おやまぁ、こんにちは。この子の飼い主かい?」
「えぇまぁ、はい、そうです」
そんな返事をすると、ロックスがゲシッとレフノ脛に頭突きをした。
痛い。非常に。
飼い主って言った方が話進むから我慢しろ、とレフがロックスへ視線を送る。その意図を理解してかせずか、ロックスは再びレフの脛を攻撃した。
昨日は犬のフリなんかしてた癖に、この扱いは嫌らしい。
というか、あれはアマンダが言ったから許容したのか? おい相棒は俺だろ? それとこれとは違う?
……何だそれ。やはりロックスは女子供に甘いと、レフは涙目を誤魔化しながら思った。
「昨日は驚かせてすみません。代金が足りなかったり、何か迷惑をかけませんでした?」
「いいや、大丈夫だよ。確かに驚きはしたけど、きっちり代金はもらったよ。それに、こんな可愛い客ならいつでも歓迎よ!」
レフはひとまず胸を撫でおろした。優しい人で良かった。
当のロックスはといえば、ものすごくかわい子ぶっていた。
「そういえばどうだった、うちのサンドは。美味しかったかい?」
少し瞬きをしてから、レフが答えた。
「気づいたら彼がペロリと食べきってました。きっと美味しかったんだと思いますよ」
「おや、あんたは食べてないのかい? 二つ渡したからてっきり」
すぐにロックスの方を睨むと、昨日と同じように視線を逸らされた。
こーのやろう。
「アハハハ、それじゃ今日こそ食べていってよ」
今にでもレフがロックスに飛びかかろうかという所で、女店主に声をかけられる。
「……そうですね、それではまた二つください」
なんとか開戦を踏みとどまり、レフはリュックから財布を取り出して二つ分の硬貨を渡した。
ここでロックスの分も買ってしまう辺りが、レフの甘さだ。
女店主が手慣れた様子で二つのサンドを作り、レフは財布をリュックへと落としてサンドを受取る。
そんなレフの手から今にでもサンドを奪い取りそうなロックスに、大人しく一つ渡した。
ロックスが受け取ったサンドを豪快にかぶりつくと、レフも大きく口を開けてサンドを口に運んだ。
うまい!
これは確かに目の前にあれば我慢できず食べてしまうだろう。
っていやいやと、思わず納得しかけた思考を晴らすように、レフは頭を振った。そして満足そうに口の端を舐めているロックスを見て、今後もサンドを強請られることを悟る。
これは、もう少しお金を稼いだ方が良いな。そう思い、レフが財布へと手を伸ばす。
だが、その手が財布を手にすることはなかった。
あれ。おかしい。
財布が、なくなっている。
一時硬直してしまった体を無理矢理動かして、レフはリュックの中を手で探った。ない。
しゃがみ込み、今度は目で探した。
やっぱりない。
レフは昨日の出来事を思い出し、慌ててロックスの方を見た。ロックスは女店主に撫でられている。今日は財布を抜き取ったわけではなさそうだ。
ということはつまり。
「やられた」
財布を盗まれてしまった。恐らくサンドを受け取った時だ。あの時リュックにちゃんと財布を仕舞っていれば。
さすがに頭を抱えている姿が気になったのか、ロックスがレフの顔を覗き込んだ。
フンフンと鼻を近づけていると、突然レフが顔をあげてロックスを見た。
「ロックス、お前なら財布の匂いを追えるだろ!」
明らかにめんどくさそうな顔をするロックス。そんなロックスの顔を鷲掴むレフ。
「いいかロックス、良く聞け」
息をスゥと吸って、ゆっくりと吐き出す。
「財布がないと、ここの飯が食えなくなるぞ」
瞬間、飛ぶ勢いでロックスが駆け出した。金には無頓着なロックスだが、飯への執着は強い。
よし、うまくいった。ガッツポーズを胸に、レフが急ぎリュックを背負う。
「サンド美味しかったです! また来ます!」
「あらあら、無理するんじゃないわよー」
まだまだ混んでいる市場を、レフが人をかき分けながらロックスを追う。とはいえ、リュックを背負ったレフでは、人の間をスルスルと進んでいくロックスに追いつけるはずもない。
とりあえず市場の出口を目指そう。ロックスを見つけるためというよりも、財布を取り戻したロックスがレフを見つけやすいように。
長年一緒にいる相棒が財布を取り戻すことを、レフは微塵も疑わずにいた。
だからこそ、財布を取り戻せず項垂れているロックスを見て、レフはひどく驚くのだった。