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馬車貸しに行くアマンダと別れ、レフとロックスは街へと繰り出していた。
二階や三階建ての店が多く立ち並ぶ大通りを、レフは小躍りしながら歩く。
ロックスに止められてなければ、レフは危険な夜を駆け抜けていたぐらいには、街が好きだ。旅人丸出しでキョロキョロしているレフを、ロックスは呆れたように見ていた。
だが当のロックスも尻尾を少し揺らしている。存外似た者同士だったりする。
ふいにロックスが鼻をスクっと立て、レフの前へと歩き出た。ズンズン進んでいく相棒に、レフはやれやれと肩をすくめる。ロックスがこうして先行する時は、大体理由は決まっている。
丁度お昼時だし、まぁいいか。レフは一層動きの増した尻尾の後を追った。
ロックスの鼻案内に導かれた先で、レフがワッと目を輝かせた。
目の前に広がるのは、活気あふれる市場だ。大きな広場にいくつもの屋台が所狭しと並び、その間を多くの人が行き交っている。
そうだ、こういうのを求めていた。レフはロックスの尻尾よりも機敏な動きで、辺りを見渡す。
描きたい。
いや、これは描かなければならない。
レフにはもう、衝動を抑えることが出来なかった。
邪魔にならないように、というよりも邪魔が入らないように、道の脇へと移動する。そしてリュックをその場に置き、絵描き道具を引っ張り出した。
その様子にロックスが気づくと、レフの服を引っ張り市場へ行こうと促した。
しかし、今まで我慢してきた分、レフの意思は固かった。そもそもレフは呆れ顔のロックスに気づいてすらいない。既に自分の世界へと旅立っていた。
こうなったレフはどうあがいても動かないことを、ロックスが一番良く知っている。
しかし、だからといって目前にまで迫っていた匂いを、諦めることが出来ないのもロックスだ。
彼はレフのリュックの中を漁り、小さな麻袋を見つけ出す。そしてそれを咥えたまま、人混みの中へと入って行った。
「よし!」
レフが満足気に顔をあげた頃には、既に日が隠れ始めていた。人通りもまばらで、今まさに店じまいをしている屋台ばかりだった。
「あぁ……やってしまった」
また夢中になって時間を忘れた。やっと気が付いたのかと、レフのお腹がぐぅっと抗議した。
己の空腹感もそうだが、ロックスに悪いことをしたなと、足元で寛いでいるロックスを撫でる。
手に甘えてくるロックスに目を細めていると、ふとレフが気づく。空腹のはずのロックスが、ご飯を強請ってこない。
これはもしやと思い、慌ててリュックから財布として使っている小さな麻袋を取り出し、確認する。
人里を離れて旅することの多いレフ達にとって、お金を使う機会は少ない。だが、街中では当然必要となるため、所持金ぐらいは把握している。
足りない。お金が、足りない。
レフは財布をリュックに戻し、眉間にしわを寄せた。
スリではないな。スリであれば、この財布ごとなくなっている。
では何が起きたのか。答えは簡単だ。レフはなぜか腹を空かせていない犯人へと視線を落とした。
「ローックスー?」
ふいっとそらされた視線を、レフは両手で頬を掴んで強引に引き戻した。
「勝手に何かを買ったなぁ?」
普通に考えれば、動物が買い物をするというのはあり得ない話だ。
しかしながら、ことこのロックスに関して、その普通は当てはまらない。なぜならば、レフは以前、目撃したことがあるのだ。こっそりと財布を盗み、そして器用に前足と鼻先で欲しいものを指し、無事買い物を果たすロックスの姿を。
レフとかなり意思疎通が取れているとはいえ、ロックスは人の言語を話せるわけではない。当然、金勘定が出来るわけでもない。
にも拘わらず、財布を丸ごと渡すという何とも肝を冷やす方法で、買い物が出来てしまうのが、このロックスだ。
もちろん、レフは当時このことを注意した。だが、その効果はあまりなかったようだ。
レフが顔を覗き込むと、ロックスはとぼけるように視線をそらしていた。
もういっそのこと金勘定を覚えさせた方がいいのだろうか。レフはため息を吐くしかなかった。