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「さぁ、もうすぐ街に着くよ」
「本当ですか!」
突然の大声に起こされたロックスを尻目に、レフは興奮気味に荷馬車から身を乗り出した。
丘から見える城壁の街に、大きく目を輝かせる。
「ロックス! ロックス!」
二度寝しようとするロックスが抗議の声をあげつつ、気怠そうにレフに近寄った。
不満そうな声ながら、なんだかんだ一緒に見てくれるロックスが面白くて、レフはつい小さく笑ってしまう。そしてロックスは再び抗議の声をあげた。
「ごめんごめん」
レフが頭を撫でてやると、ロックスは不貞腐れながらも手に自分の頭を押し付けていた。
あがる口角を何とか抑えようと努めながら、レフは街並みへと視線を戻す。
「おー、街全体が赤いですね!」
「中心街の建物はほとんど赤レンガで出来てるからね」
興味津々なレフに、アマンダが微笑みながら答えた。
「奥に塔もありますね! あっちは灰色?」
「良い眼をしてるねあんた。あっちは旧市街だ、何にもないつまらん場所さ。この街の楽しい所はやっぱ中心街だよ」
目をキラキラさせながら、レフは絵を描きたい衝動に駆られていた。
もういっそのこと、今荷馬車を飛び降りてしまおうか。およそ一カ月ぶりの街なんだし……いいよね?
「ヴォフ」
欲求が顔にまで出ていたのか、ロックスが注意するような鋭い視線をレフに送っていた。くっ、敏いやつめ。
とはいえ、ロックスの言い分が正しいのは、レフも分かっている。今から描いていたのでは、開門時間を逃してしまう。
レフが肩をすくめて諦めると、ロックスは満足そうに視線を緩めた。
「フフ、本当に仲が良いねぇ、あんたら」
今のやり取りを見ていたのか、御者席のアマンダが微笑ましそうに声をかける。
「さっきも言ったけど、ここまで動物と意思疎通が取れているのは初めて見たよ。まるで言葉で会話できてるようだ。一体どうしたらそこまで通じ合えるんだい?」
レフは少し考えるようにロックスへと視線を落とす。すると、レフを見上げていたロックスと目が合い、「フッ」とレフの口から笑みがこぼれた。
「もうずっと一緒なんで、あんまり考えたことなかったですね。きっとロックスが賢いからですよ」
その答えに少し誇らしそうなロックスを、レフは再びワシワシと撫でた。「それに」とレフが言葉を続けようとしたところで、もうすぐ城門前の馬車列に合流することに気がつく。
ここら辺で降りよう。レフは自分の大きなリュックを手に持った。
ここまでは、アマンダの好意で荷馬車に乗せてもらっていた。だが本来なら徒歩のロックスとレフは、馬車列の横にある人の列を利用するのが筋だろう。
「アマンダさん、俺たちはここで降ります」
「おや、どうしてだい? このまま乗ってなさいな、こっちの方がすっと入れるさ」
まるでこうなるだろうと予見していたかのように、アマンダはすぐに返事をした。
「あんたら、別に街に誰か知り合いがいるわけでもないんだろ? なら、あたしが保証人になるから、このまま乗ってなさいな」
目を瞬かせ、レフが慌てて口を開く。
「いやいや、そこまでお世話になるわけには」
「なぁに言ってんだい、道中で熊から助けてくれたのは、どこのどいつだい? そんな人らに対して、こんくらいで恩を返せたと思えるほど、あたしゃ薄情じゃないよ」
少し強い口調ながら、優しい声色でアマンダがレフの言葉を遮った。
さて、どうしたものか。
そんな悩やんでいるレフをよそに、ロックスはアマンダの所へ移動してちょこんと座った。これにはアマンダも驚いたようで、「あら」と声を漏らしていた。
レフはといえば、そんなロックスにため息を吐いた。これは、諦めるしかなさそうだな。
「分かりました、そうします。もうロックスはすっかりその気のようですし。ほんと、調子いいんだから、こいつは」
うんうんと頷きながらも、戸惑いを隠せず「これはどうすればいいんだい」とアマンダがレフに訊く。「撫でてやって下さい」と促すと、アマンダは少し躊躇いながら手を伸ばした。
そしてロックスはその手を受け入れ、アマンダは「あらあら」と声を漏らし、レフはリュックを置いて席に座りなおした。