9
「え! 新しいお店にですか」
「そうなの、お願いできないかしら」
「やります!」
今日も来てくれたクライヴにサンドを買いに行ってもらったところ、彼と一緒に女店主がやってきた。話を聞くと、どうやら念願の店舗を持つことになるそうで、その店に飾る絵をレフに描いてもらいたいという依頼だった。
横でクライヴとロックスがサンドを頬張る中、レフはふと浮かんだ疑問を訊いてみた。
「そういえば、絵を描いているなんて伝えましたっけ?」
「アマンダのお店で知ったのよ」
「え?」
まさかの情報源に、レフは驚きを隠せずにいた。どうやらサンド屋でアマンダの薬草を使用しているようで、先日行った時にコレント村の絵で知ったという。
「あの絵を描いたのあなたなんでしょう? 素敵な絵だったわ、まさか常連さんが絵描きだったなんて。しかも場外で露店を開いているなら、これはもうお願いしなきゃと思ったのよ」
「なるほど、そうだったんですね。であれば尚更、描かせてください」
これは間接的とはいえ、アマンダの紹介客。どこまで行ってもアマンダに頭の上がらないレフは、この依頼を必ず成功させると決意した。
「良ければ、新しいお店を見てもいいですか? 要望と店の雰囲気に合ったものを描きたいので」
「あら、いいのかしら」
「もちろんです。いつぐらいが良いとかはありますか?」
「うーん」
女店主は悩みながら、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「今からとかでもいいかしら。今は夫に場内の店を任せちゃってるけど、市場が終わったらまたバタバタしちゃうから」
「えぇ、大丈夫ですよ。それじゃあちょっと待ってくださいね、今露店を片づけ」とレフが言いかけると、サンドを食べ終えたクライヴを見て、ニヤリと口角をあげた。
いかにもこれからいたずらを仕掛けるぞというようなレフの顔に、クライヴは思わず身震いした。
「なぁクライヴ」
「な、なに」
「ちょっと店番してよ」
「え!? む、むり!」
「クライヴって、金勘定出来るよね」
「それはまぁ、出来るけど」
「じゃあ大丈夫だな」
「いやむりむりむり!」
「大丈夫だって、大体のやり方分かるでしょ? そんな難しいことしてないし」
「いやいやいや!」
突然の事態にアタフタするクライヴを尻目に、レフはリュックを持ち上げ、中にある店用の財布をクライヴに押し付けた。
「値札はあるし、多少値引きされたとしても怒らないから。心配するなって」
「いや」
「じゃ、よろしく!」
クライヴの返事を遮るようにして、レフはリュックを背負って立ち上がる。「いいのかしら」と心配そうな女店主にレフが「彼の経験のためですから」と小声で言うと、女店主は納得して案内を始めた。
そんな二人に置いて行かれたクライヴはといえば、不安いっぱいにロックスを見ていた。
「ロックスぅ……どうしよう……」
涙目のクライヴを慰めるように、ロックスは彼の肩にポンと前足を乗せた。
○
とりあえず後で幾つかの案を持っていくということで話を終え、レフは場外へと戻っていた。
自分の露店が視界に入ると、丁度クライヴが客と話しているところだった。まだ怖いのか、ロックスを抱きしめながら接客していた。
ちょっと見てみようかな。レフは人混みに身を潜める。
「じゃあこれを頂戴」
クライヴと目線を合わせながら、優しい笑みを浮かべた客が一つの絵を指さした。
「あ、ありがとう、ございます」
クライヴはオドオドしつつも、きちんと絵を袋で包み、代金を受け取ってから客に渡していた。ちゃんとやってるじゃんと、レフが笑みをこぼす。
このまま店番を任せてしまおうか。そんなことを思いつきながら、今度こそ露店へと向かった。
クライヴはレフを見つけるなり、一瞬パッと顔を明るくさせたかと思えば、すぐに口を尖らせた。安堵と拗ねの狭間を彷徨いながら、レフに声をかけた。
「遅い!」
「ハハ、ごめんごめん」
レフはそんなクライヴの後ろに回って、露店の奥の方に座る。クライヴはまだ口を尖らせており、レフの思惑にまだ気づいていない。
「大変だったんだから! もうやっぱりこんなの僕には無理だったよぉ」
レフはせっせと絵を描く準備を進めながら返事をした。
「フフ、でもちゃんと絵、売れてたじゃん。きちんと袋にも入れてたし」
「え、見てたの!」
「うん、ちゃんとやってて偉いぞぉ」
絵を描く準備を終えると、レフはニッと、いたずらするようにクライヴに笑いかけた。その笑顔を見て、クライヴやっと異変に気づいて体を強張らせた。
だが、時すでに遅し。
「じゃあ、俺はこれから依頼に取り掛かるから、そのまま店番をよろしく!」
「えええええええ!」
予想通り、クライヴは猛抗議した。そしてその全てを、レフは笑い流した。とはいえ、レフは単にいたずらがしたくて、無茶を言い出したわけでもない。
似てる。レフは出会ったときから、そんな印象を抱いていた。
何もかもが怖くて、何も信じられなかった、あの頃と。独りで、ただひたすらに怯え、泣くことしかできなかった、あの時と。塔の影で震えているクライヴの姿を、そんな過去の自分に重ねた。
ロックスもきっと、同じことを思ったのだろう。だから、彼に寄り添った。俺たちが、互いにしたように。そういえば、あの頃のロックスも小さかったな。
昔のことを思い出しながら「フフ」とレフが笑いを零し、クライヴの抗議にまた火が付く。だがそれも束の間、ロックスに宥められる形で、クライヴは渋々店番を続けた。