プロローグ
春風に揺れる草の香り。交じる絵の具の匂い。狼のロックスは、くしゃっとあくびをした。
青空の陽気に身を任せてしまおうか。ぼんやりする頭をスクっとあげ、ロックスはもう一度辺りを見渡した。
視線の先では、馬の群れが寛いでいる。仔馬たちが野を駆け、親達は彼らの遊びを眺めながら、日向を楽しんでいるようだ。
右へと視線を向けると、牛の群れが草を食んでいる。ぴょんぴょんと跳ね遊ぶ仔牛たちの中に、時々馬達に近づくものもいる。だが親牛達も馬達もそのことを気にしている様子はなく、辺りにはゆったりとした時間ばかりが流れていた。
やはり過敏に警戒する必要もないな。こんなにも広い草原だ、何かあればすぐに気づけるだろう。
ロックスは再び大きくあくびをし、相棒の隣で横になる。
鼻歌交じりの筆の音が止んだかと思えば、ロックスは優しく撫でられていた。頭から首元へ、毛並みをすくように往復する指先。その手に体を擦りつけるようにして、ロックスは相棒の組んだ足に顎をのせた。
「フフッ」と頭上から笑う声に、ロックスは一鳴き抗議した。
「ハハ、分かったよ。でも手を止めさせたのはお前だからな」
喜色の含んだ返事。もう一度だけ頭を撫られた後、手がするすると離れていく。その感触を少し惜しみながら、ロックスは再開した鼻歌と筆の踊りに、耳を傾けた。
後一日で久しぶりの街だとはしゃいでいたが、この様子だと今日はもう動かないな。今からでも移動を再開すれば間に合うだろうが、楽しそうだし、いいか。後のことは、後で考えよう。そう結論付けると、ロックスはゆっくりと目を閉じた。
今はただ、このポカポカ陽気と相棒の温もりに身を任せ、うたた寝を満喫しよう。