記憶
青山賢二が死んでから10年が経ち、僕は大学を卒業して社会人になっていた。
僕は青山賢二とその彼の友人達の死や、蝶の呪いのこともまるで忘れたまま、穏やかな日々を過ごしている。
10年前の居酒屋で、賢二は自らドアを開き、呪いによって殺された。
ドアを彼が開くとドアの先の紅い部屋から2本の手が彼をつかんで中に引き入れていったのだ。彼は抵抗さえしなかった。僕はほとんど本能的にそのドアを閉め、店の主人に警察へと連絡を入れる。
すぐさま警察が来たが、彼は店の外にも中にも、どこにもいなかった。
警察が酒に酔った大学生の悪ふざけだと断定し、暴言を吐きながら引き上げようとした時に、彼の死体は発見された。
店の玄関の前に、突如として現れたのだ。
彼の死体からはとてもいい臭いがした。彼の体はじっくりとスモークされたかのごとく焼かれていて……
フッと僕は目を覚ます。今まで縁側でうたた寝をしていたのだと理解する。
雲ひとつない青空の下、太陽がさんさんと照らす我が家の庭に目をやった。
僕の息子が庭で走り回り、蝶を追いかけていた。まだ3歳なのだ。そう簡単にはつかまえられないだろう。
僕は蝶を見ても何も思い出せずに、息子と共に蝶をつかまえようと庭を走った。
青山賢二の話ことは思い出せないのに、僕は自分が子供の時に蝶を踏み潰し、殺した記憶は鮮明に思い出せた。
パッと蝶が花に止まったところをつかまえ、息子に見せる。
息子は凄いと言って喜んだ。私は満足し、蝶を逃がしてやった。バイバーイと、手を振る。
息子は未だキラキラした瞳で僕を見つめている。そんな息子の瞳を見ながら、僕は僕自身が息子なら、きっとつかまえても逃がすのでは満足は出来ないだろうと思った。
実際僕は息子と同い年の頃には、本当に沢山の蝶を殺したものだ。好奇心からやったものだが、子供とは本当に純粋で残酷なものだなと思う。僕の息子にそんな残虐性がないのは、母親が持つ優しい性格を色濃く受け継いだからに違いない。
右手の親指と人差し指に蝶の鱗粉がザラザラする程大量に付着したが、気にはしなかった。
「カケル~!!あなた~!!お昼よ~」
家の中から妻の呼ぶ声が聞こえる。
僕は息子に家に入ろうと声をかけた。息子はわがままを言わない。素直に笑顔で頷いた。
左手で息子の手を引っ張りながら、僕はまだザラザラと蝶の鱗粉がついたままの右手で、玄関のドアを開けた。
ドアの中に広がる真っ赤な部屋を見た時にやっと、僕は青山賢二と呪いの話のことを思い出していた……。
「ドアを開けたら」いかがでしたでしょうか。
この話も「10年目の約束」と同じく、2年前の16の夏に書いたものです。
一応全てを確認したつもりですが、誤字・脱字等がありましたらお知らせください。
読んで下さりありがとう御座いました。
レビュー、感想など一言でもいいので、ぜひお願いします。
これからの執筆活動の糧にしていきたいと思います。




