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危険信号  作者: 佐藤柊
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第4話 要求

 父親が帰港し、結納を滞りなく終え(母親は結納金の額に文句を言っていたが)、結婚式の準備が着々と進んでいった。


 結納金を手にした母親は、嫁入り道具の選定に余念がない。嫁入り道具は先方の親戚や近所の人達の目に入る。自身の見栄とプライドがかかっているのだ。決してナメられるわけにはいかない。

 母親の強い承認欲求は、私の意向など関係ない。私の嫁入り道具は母親の拘りが詰まっていた。

 その中に座布団がある。一つ15,000円の座布団5枚と夫婦座布団を、職人手作りを希望し注文してあつらえた。

 母親は、中でもとりわけ婚礼家具には拘った。嫁入り道具の婚礼家具はひときわ目を引く代物だ。"誰に見られても恥じない立派な物を"と、母親は張り切って家具屋を何軒も見て回り、品定めをした。

 そして、3軒目に立ち入った家具屋で、婚礼家具ではない、あるものが母親の目に留まった。


「あらこれ...素敵だわ」


母親は、指先に触れた座卓テーブルに見とれながら呟いた。

「式の後、親戚を招いて後振舞いするときにこれを置きたいわ」

 

 全体が黒く光り高価な質感のあるそのテーブルは、中央に大きな木を輪切りにしたものを埋め込んであるようなデザインで、黒く上品に光る中に木の質感と年輪が際立ち、高級感を醸し出していた。

「20万...」

私が金額を見たのを確認したところで、母親は言った。


「あなた、お金を貯め込んでるでしよう?無駄遣いしないでずっと貯めてるの知ってるのよ。嫁に行く前にこれぐらい買ってくれたらいいじゃない!」


一瞬、私の体が固まった。


「これいいわ!欲しいぃ!このぐらいのお金出してくれてもいいじゃない!式のお金はお母さんが払うんだから!」


 私は愕然とした。

確かに貯金していたので、このぐらいのお金は無いわけではない。だがそれは、金銭的な面で親を頼れないと思っていたからだ。


 私は弟とは違う。親は私にはお金を出さない。


私は自分のことは自分でやらなければと、自分にかかる金銭的問題は自分で解決しなければという思いで倹約し、貯金をしてきた。お金を貯めて家を出ようと、居たくもないこの家で暮らしてきたのだ。

だが、母親にはそれがわからない。


 私は座卓テーブルの購入を拒否した。

すると、その日から何日も母親の嫌らしい口撃が始まった。


「あなたは"がめつい"からお金を出そうとしない」


「今まで溜め込んだお金全部、あっち(嫁ぎ先)に渡す気か?」


「"手のひらにアザのある人は握ったお金を離さない"って言うけど、あなたその通りね」


「お母さんなんていつも贅沢しないで我慢して子育てしてきたのに」


 母親は私の顔さえ見ればネチネチと小言を言い続けた。「それならいっそ嫁入り道具を減らせばいい、私はいらない!」と喚きたかった。だが、そんな事を言ったところで何もかわらないことを私は知っていた。それは母親の見栄とプライドを否定することになるからだ。口に出した途端に母親は激昂するに違いない。


 座卓テーブルを母親に買ってあげない私は、悪い娘なのだろうか?


 そして休日のある時、私は母親の口撃に耐え兼ねて封筒を渡した。


「ここに20万円入ってる。結婚費用の足しにして」


結婚費用と言ったものの、勿論、あの座卓テーブルの費用だということは百も承知の母親だった。テーブル越しの母親は、驚いたように封筒に触れながら呟いた。

「あら、結婚費用は親の責任だもの。こんなの...いいわよ...」


嘘つけ、わざとらしい、と私は思った。

「いいから」

私は封筒を押し返した。

母親は私が一度出したものを引っ込めるとは思っていない。


 母親は声のトーンを明るく変え、柔らかい笑みを浮かべて、自分が思い描く"良い母親"を演じてみせた。

「じゃあ、これは預かっておくわ。あなたがもし、結婚生活を続けていくなかでお金に困ったとき、これを黙って渡すから、その時はお母さんに言うのよ」


 そう言って格好つけた母親は、自分が欲しがっていた座卓テーブルの購入を見送った。


 後にこのお金は、

「これはおじいちゃんとおばあちゃんが買ってあげたのよ」

と、生まれ来る私の子供へのゴマすりと、見栄を張るための様々なものに姿を変えていくのであった。


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