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危険信号  作者: 佐藤柊
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第19話 狼狽える男共

 弟が立ち上がり、私を廊下へ誘導した。

弟の話によると、あの日、私達夫婦が来た翌日の事。

 弟が仕事から帰宅した後、両親の視点からの私達夫婦との一連のやり取りの報告があったという。

 その中で、両親が連日代わる代わる夫の会社へ押し掛けていたことを、弟は初めて知ったと言った。

しかも、


「忙しい、忙しいと普段言ってるくせに、仕事もしないでただ話してるだけだった。あんな仕事だから大したことはない」

と、悪びれもせず言い放つ父親に驚いたという。


「俺だって普段の仕事分からないくせにミーティングだけ見てそんなこと言われたら怒るって言ったんだ。そもそも会社まで行くなんてアウトだろって。そしたらどこかに電話したみたいで...」


 弟が自分の親を自覚したきっかけになったかは不明だが、父親は船乗りしか経験がないため、"体を動かして働くことこそ仕事だ" という認識だったというのだ。そのため、ミーティングや会議、打ち合わせ等が、仕事だという概念を持ち合わせていなかった。


 しかし、それから今の母親の状態に至るまでが理解できない。

 私は母親の周りをウロウロしている父親を奥座敷へ引っ張って行き、何があったか問いただした。


 父親は目線を母親の方から離さず、言葉に詰まりながらたどたどしく話しだした。

 父親と母親は、弟に指摘されたことに驚いて、東京の弁護士に相談しようと電話を掛けたのだという。


 東京で弁護士をしているその人物は、父親が幼少の頃に一緒に暮らしていた従兄弟である。

 父親は中学を卒業してすぐに、家計を助ける為に漁船に乗ったが、その従兄弟は学業に優れていたので、隣町の進学校へ入学し、その後は東京の大学へ進学、弁護士となったらしい。

 その為、父親曰く、その弁護士は父親に恩があるらしい。


 絶対的に父親の味方になってくれるはずだと、その弁護士の従兄弟に、両親なりの言い分で相談したわけだ。

 ところが、

「会社に行ったのはまずい。それはダメだ。謝った方がいい」

と、言われてしまったという事だった。


"謝ったほうがいい"

その言葉は 、屈辱的だったに違いない。


まるで

"自分に非がある"

と、絶対認めたくないことを言われ、ショックを受けたのだろう。

 父親と母親は、強力な味方を手に入れるつもりが、見向きもされず背を向かれた気分だった。それどころか、"あなた達が悪い" と宣言されたも同然だった。


 母親のことだ、【弁護士】という肩書きに大いに期待していたのだろう。その分、精神的ダメージが大きかった。

 同時に私は、夫に暴力を振るったことを訝っていると、逸らすように父親が話を続けた。


「そんで今日、昼間にあっちから電話があって...」


あっち?


たどたどしく話す父親の話を、一つ一つ良く聞くと、なんと、夫の伯父から電話があったというのだ。


 当初、父親が怒鳴り込みを掛けて来るという時に、避難先としたのが姑の姉の所だった。この電話の主の伯父とは、姑の姉の夫だったのである。


「お母さんが電話をとったら...何だか..『娘さん苦しめてるのお母さんだ』って言われたって...その時は大丈夫だったんだけど、さっき急にお母さんおかしくなって...」


 伯父は私の姿を問題当初から見ていた。度々様子を見にさえ来てくれた。

伯父にとって私は他人なのに...


 私は伯父が私のためにとってくれた行動を知り、胸に熱いものを感じた。身内の親戚にさえ知らんぷりされたのに。


「先に倒れた方がまるで被害者みたいに!何なの!倒れたいのはこっちの方よ!」


私は父親に怒りをぶつけた。

「何でお母さんにこんなことさせたの!ちゃんとお母さん抑えてよ!」


「だって...知らないうちにいなくなる

...」

そう言って父親は母親の元へ戻っていった。


 ブレーンを失い、不安で小さく背を丸めた父親は、ただオロオロと母親の周りをウロウロするだけだった。

 私はその様子を冷めた感覚が眺めた。


何も感じない。

私は母親を心配していない。

父親を気遣う気もない。

弟に対しても、まるで違うものを見ているかのようだ。


 ただ、ここに居たくない。


 私はそっと玄関に向かい、かつての自分の家族をそのままに、実家を後にした。


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