第17話 血縁と他人
息子は罵声と怒号の飛び交う中、ずっと私の腕の中でスヤスヤ眠っていた。
「...怪我って何だ?」
声のトーンを低くして父親が口を挟んだ。
「お母さん、旦那の会社で旦那のこと叩いたり引っ掻いたりしたの!まだ痕だって残ってる!聞いてないの!?」
母親は私の答えに慌てて言い訳を並べ始めた。しかし、父親は手元の焼酎のグラスを見ながら
「うーん...」
と、唸るだけであった。
この人達こそ、人に謝ることができないのだ。
そう、私の両親は、自分より年が若かったり、立場が低い相手など、相手より自分が目上だと測ったならば 、"頭を下げる" という屈辱的な行為は、どんなことがあっても出来はしない。
そして自分が不利になり、立場が悪くなると話をすり替える。
「それならなぁ、そっちがああいうこと言わなければこうならなかっただろう?どうなんだ!あのな、男は自分の女房子供守らなきゃならないんだぞ!それはただ、こうやるだけじゃ駄目なんだ!分かるか!?」
父親はそう言って、私に覆い被さる様な仕草をして見せ、話を続けた。
「男ってのはこういう状況になったら、相手の親を立てて『うちの親がすいませんでした』って言って、上手く立ち回って女房守らなきゃならないんだ。分かるか?」
母親は、父親の話に頷きながら、後に続いた。
「そうなのよ。こういう時は相手の親に頭を下げてまとめるのが夫の務めなの!分かった!?」
この二人の主張は、飽くまで自分達の面子が大事だと、親に歯向かうなと、頭を下げて謝罪しろと、それしかないらしい。もっと言えば、私の夫は片親で父親がいないから、世の中の常識が分からないどうしようもない奴、という判定だ。
私は冷たく言い放った。
「だったらお父さんが最初の時点でうちに来て謝ったら良かったじゃない」
その途端、父親は一気に沸点に達したかのように顔を真っ赤にし、勢いよく立ち上がった。
「何ぃ!!お前ぇこのやろう!親に頭下げろって言うのか!!」
怒鳴り散らす父親に向かって私は続けて言った。
「私だったら子供のためと思ったら何度でも頭下げるわ!なによ!頭下げるぐらい!どんだけ重い頭してんのよ!」
その時、母親が大きな声をあげた。
「お父さんに向かって何てこと言うの!」
母親の言葉を聞いた瞬間、父親は更にギアを上げた。
血走った目で右手を上げ、振り下ろそうとする父親に、夫は咄嗟に私と息子の前に身を乗り出し叫んだ。
「お義父さん!子供がいます!」
母親は操作している父親に指示を出した。
「孫がいるから娘は駄目よ!」
自分の娘と孫ではなく、他人である夫を狙え、そういうことだ。
「出て行けー!!」
私達三人は、振り下ろす父親の拳をすり抜け、追い掛ける母親を振り払って外へ向かった。
父親は、廊下に置いてあった30㎏の米袋を、怒りに任せて撒き散らした。
そうして、背中に両親から罵声を受けながら急いで車に乗り込み、実家を後にした。
時刻は23時になろうとしていた。
空は厚い雲に覆われ、月も星もない、暗く重い夜だった。




