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白銀の狼  作者: 結月 花
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第7話 二人の覚悟

 一刻も早く村を奪還したい所だが、その日は静観するだけにとどめた。

 ドワーフ達は徒歩でこちらに来る。長旅で疲れていては戦闘に支障が出るだろうと、今夜はレティリエ達の家で鋭気を養ってもらうことにしたのだ。

 さすがに全員を家の中に入れることは難しいのだが、地下集落に住み、炭坑作業が得意な彼らは外で寝ることに抵抗がない。レティリエが料理を振る舞うと、彼らは大喜びで舌鼓を打った後、おのおの地面に転がって眠りについた。

 柔らかな白銀の月光がドワーフ達を優しく包み込む中、レティリエは後片付けをすると、軽食を籠の中にいれ、村へ向かって静かに歩きだした。


※※※


「グレイル」


 小声で呼び掛けると、険しい顔をして戦況を見守り続けている彼がこちらを向く。ドワーフ達がレティリエの家で腰を落ち着けている間も、グレイルは狼の姿のまま、じっと門の様子を見張っているのだ。

 レティリエは彼の隣に座ると、持ってきた籠を差し出した。


「あなたも何かお腹にいれておいた方がいいわ。これ、食べて」


 籠を開けて中からサンドイッチをひとつ取り出す。手軽に食べられるようにサンドイッチにしたが、中身は肉だったり野菜だったり果物やジャムだったりと、種類は豊富に作ってみたのだ。


「そうか、ありがとう」


 グレイルがレティリエを見て口の端をゆるめる。今にも切れそうな程ピンと張りつめていた緊張の糸が微かに緩んだ気がした。

 グレイルは人の姿に戻ると、腰をおろしてサンドイッチに手をつける。だが、モグモグと咀嚼しながらも、目はやはり眼下の狼達に向けられていた。


「何か進展はあった?」

「いや、今のところ変わりはない」


 短く語られる会話。今、グレイルは全ての神経を集中させてこの場に立っていた。仲間の狼の助けは見込めず、ドワーフ達もなるべく危険には曝したくない。ドワーフの命と村の危機、全ての責任と命運は彼一人が背負っているのだ。その腕で抱えているものの重みを思うと、レティリエは胸が締め付けられる思いだった。こういう時、自分の無力さを突きつけられる。

 レティリエはそっと彼の背中に手を置くと、一二度優しく撫でた。シャツを着ていてもわかる、筋肉の盛り上がり。鋼のように鍛え上げられた体が、今は緊張の為か強ばってさらに固くなっていた。彼はいつもこの腕で、背中で、自分や大切な人を守ってくれるのだ。


(私もあなたの力になりたい……)


 側にいてあげることしかできない自分の無力さが悲しい。ほんの少しでもいい。わずかな力しか持たない自分の存在が彼の助けになればいいのに……そう思った瞬間、レティリエは閃いてしまった。


「グレイル」


 大柄な体躯の彼を見上げながらそっとささやくと、闇夜でも輝く金色の瞳がこちらを向く。


「囮役、私にやらせてもらえないかしら」

「駄目だ」


 間髪入れずにグレイルが即答する。もはや話にならないとばかりに目線は既に眼下の敵達に向いていた。しかしレティリエも負けなかった。


「あのね、私も考えてみたの。あなたの作戦はとても筋が通っているわ。でも、見るからに実力者であるあなたが敵の陣地に飛び込んだら、敵は一気に警戒すると思うの。陽動という意味では有効だと思うけど、長の首は取りにくくなるわ」


 グレイルは無言のまま眉をぴくりと動かす。恐らく、彼は理解しているのだ。レティリエが戦力にならないから反対しているのではない。彼女の意図をわかっていて──それが有効であるからこそ反対しているに違いなかった。


「でも、私が行けば敵は油断すると思うの。見るからに戦力にならなそうな私がいけば、あなたも長の首を取りやすくなる」

「俺がそれを許すと思うのか?」


 グレイルが鋭く言う。珍しく彼は苛立っているようだった──いや動揺しているのかもしれない。一度決めたら、てこでも動かない彼女の頑固さを知っているから。

 彼の金色の瞳が険しく光りながらレティリエの目を捉える。獲物を狩る時の様に鋭い眼差しだ。だが、レティリエもぐっと目に力をいれて見つめ返す。一瞬の沈黙の後、グレイルが大きく息を吐いた。


「レティリエ、俺の気持ちも考えてくれ。愛してるんだ。お前をあんな所に行かせられると思うか? やつらは本気だ。お前を殺しに来る可能性の方が高い。お前が……傷つく姿を俺に見せないでくれ」


 最後はまるで懇願するかのように弱々しかった。レティリエの脳裏に、傷ついて血まみれになっていた仲間の姿がよぎった。彼の気持ちは痛いほどわかる。でも、レティリエも譲れなかった。


「あなたが私のことを想ってくれているのは知っているわ。それこそ痛いくらいに。でも、私達は群れの為に生きる種族よ。こちらの被害を少なくする為には、一瞬で勝負がつく方がいいと思うの。そうなるには、私が囮役になる方が絶対にいい」

「…………」


 グレイルは返事をしなかった。ただ、黙ってレティリエと向き合うだけだった。切なげに揺れる瞳と、ぐっと真一文字に結ばれた口が、彼のやりきれない思いを語っていた。


「大丈夫よ。あなたは強いもの。私に何かある前に、きっと敵を蹴散らしてくれるわ」

「………」

「グレイル……?」


 突如、ぐいと体が引っ張られたかと思うと同時に、レティリエはグレイルの腕の中にいた。驚いてとっさに身動ぎするが、太い腕でがっちりと抱き締められている為に微動だにできなかった。自分の首筋に彼の鼻が埋められる。震えていた。痛いくらいに抱き締められるのは……彼がそれほどまでに自分を愛しているからなのだろう。

 彼の思いが密着した体からヒシヒシと伝わってくる。レティリエは手を伸ばすと、その広い背中にしがみついた。

 数刻抱き合ったのち、グレイルが腕を緩める。身を起こして彼の顔を見上げると、グレイルが手を伸ばしてレティリエの頬に手をそえ、指の腹で優しく撫でた。


「……俺が必ずやつの首をとる。それまで踏ん張ってくれるか」

「ええ、あなたの強さは私が一番良く知ってるつもりよ」


 レティリエが答えると、彼は微かに笑った。そのまま二人は寄り添い合いながら一夜を明かした。

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