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白銀の狼  作者: 結月 花
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第7話 人間

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 二人は長い間まどろみの中にいた。途中で意識が覚醒する時もあったが、すぐに薬を射たれ、ガタガタという馬車の規則的な音と共にまた暗闇の中に沈んでいく。

 何度目かの覚醒が訪れた時、ふいに馬車の歩みが止まった。レティリエは薄ぼんやりとした意識で起き上がった。頭が割れそうに痛い。


「レティリエ、大丈夫か」


 声がした方を向くと、先に目を覚ましていたグレイルの姿が目に入った。幌馬車の壁に寄りかかるようにして座り、レティリエと同じく手足を荒縄で縛られている。先程の襲撃がよほど恐怖だったのか、ご丁寧に首輪もつけられ、鎖は馬車の壁にくくりつけられていた。


「……ええ、大丈夫よ」


 ズキズキと痛むこめかみに顔をしかめながら、ぼんやりとグレイルを見つめる。クラクラして頭がよく働かない。

 おぼろげな視界がハッキリしてくるにつれ、グレイルの交差された両腕から見える白い包帯と、その上にじんわりと広がる赤黒い染みが目に入り、瞬時にレティリエの意識は覚醒した。


「グレイル……! 早く怪我の手当てをしないと!!」


 そうだ。彼は自分を助けるために傷ついたのだ。

 立ち上がろうとしてつんのめり、そこで初めて自身も四肢の自由を奪われていることを思い出す。今すぐ駆け寄りたいのに、自由にならない手足にもどかしさを覚える。グレイルはレティリエを見るとふっと薄く笑って、腹の包帯を指差した。


「止血されている。奴はどうやら俺を生かしておくつもりらしい」


 グレイルに巻かれた包帯は、自分達を連れ去った人間が施したものだろう。命に別状がないことを知り、レティリエはほっとため息をついた。


「奴等の意図はわからんが、とりあえずは現状を把握することが先だな」

「ええ。ここは一体どこなのかしら……」

「周囲の様子がわからないからなんとも言えんが……かなり遠くまで来たようだな」


 一般的に狼達の狩りは村の周辺で行われるが、時によっては村から離れた場所で狩りをすることもある。一度行ったことがある場所なら、周囲の臭いや狼達の痕跡でどのあたりか見当くらいはつくが、今幌馬車が止まっている場所は全く心当たりがない。


「せめてこの幌が取れればもっと様子がわかるのに……」

「しっ……誰か来るぞ」


 砂を踏む音と共に、何者かが近づいてくる音が聞こえた。足音は馬車の前で止まり、その代わりにボソボソと誰かが話す声が聞こえる。

 二人は耳をそばだてて会話を拾った。


「……それじゃ他のやつらは全員逃げちまったのか? それに睡眠薬もこんなに使っちまって、一体全体何を捕まえたって言うんだ?」

「人狼だ。一匹はでかい雄狼で、雌の方は今までに見たことがない銀色の毛並みをしている」

「珍しいって言ったって人狼じゃ二束三文にしかならねぇぞ」

「はした金になるかならないかは見りゃわかる」


 突然幌が取り払われ、視界いっぱいに広がる突き刺すような朝陽にレティリエは顔をしかめた。二つの人影が馬車を覗き見こみ、ハッと息を呑む音が聞こえた。


「おいすげぇ上玉じゃねぇか!毛並みも申し分無いが、それ以上に容姿も美しいときた! これは高値で売れるぞ! 三百万……五百万……いやもっとか?」

「おい、金勘定はいいからさっさと中に運び込むぞ」

「いや待て。もう少しよく見せてくれ」

 

 一人の男がレティリエに近づき、手を伸ばして頬に触れた。


「その薄汚い手で触れるな!!」


 途端に側にいた雄狼が咆哮し、男はビクッと震えて手を止めた。鎖に繋がれていることを感じさせないかのような雄狼の気迫に男はおののき、後ろに控えている仲間を責めるように睨んだ。


「おいなんだこの気性が荒い雄狼は。こいつは連れていくには危ないぞ。殺すか?」

「いや、こいつのせいで馬が一頭ダメになった。仲間もやられたし、このままだと大損だ。こいつは闘技場に売りとばして金にする」

「それもそうだな。おい、中に連れていくぞ」


 男が指差した先には、寂れた小さな山小屋があった。

 男はレティリエの手首に巻かれた荒縄にもう一本縄を通してしっかりと結び、もう片方を手綱の様に握った。足の縄をほどいて歩行だけはできる状態にする。


「問題は、こっちの雄狼はどうやって中に連れていくかだな」

「狼は仲間意識が強いからな。こうするのが一番だ」

「……あっ」


 一人の男がレティリエの前にしゃがみこみ、衣服の裾をたくしあげる。白い太ももがあらわになり、レティリエが羞恥で微かに震えた。


「いいか。お前が暴れるようなら、この雌狼は裸にひん剥いてそこらへんに転がしておくからな。女の尊厳を守りたけりゃ大人しくしとけ」


 グレイルの顔に青筋が浮かび、こめかみがピクピクと痙攣した。するどく尖った犬歯を剥き出しにし、怒りと共に人間達を眼光鋭く睨み付ける。四肢の拘束と首輪が無ければ、今にも飛びかかって噛み殺しそうな勢いだ。


 だが、男が二人がかりで山小屋へ運び込む際に彼が暴れることはなかった。

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