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白銀の狼  作者: 結月 花
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番外編③ 恋から愛へ(後編)

 グレイルはいつもレティリエに優しい。あんなに強靭な肉体を持っているのに、触れてくる手つきは壊れ物を触るようだし、耳元で語られる低い声はいつだって自分を安心させてくれる。

 だが、グレイルが身を寄せてきて一息に彼を感じた瞬間、レティリエの体は固まった。


「……怖いか?」


 レティリエは返事ができない。怖いけど怖くない。先に進んでほしいのに欲しくない。相反する二つの感情がぐるぐると頭の中を駆け巡り、レティリエは力なく頷いた。


「……わかった、無理するな」


 グレイルの手が離れていくのを感じ、レティリエの心が切なさで締め付けられる。


(違う、違うの。そうじゃないのに……なんでそうなのかがわからないの)


 ああ、また今日もうまくいかなかった。自分の心はこんなにも彼と一緒にいたいと思っているのに、うまく伝えられないもどかしさが悔しい。

 身を起こしてしゅんと項垂れると、グレイルが口許に手を当てて何事か考えていた。


「……やっぱりこの前……俺はお前に怖い思いをさせたのか?」

「違うわ! そうじゃないの!」


 慌ててグレイルにすがり付く。こんなに愛してもらっているのだから、彼に否はないはずなのに。なのに胸がつかえたような気持ちになるのはなぜなのだろうか。

 彼に誤解してほしくなくて、でもうまく言葉にできなくて、レティリエは混乱していた。焦る気持ちが不安を煽り、思わず目尻が熱くなる。


(ここで泣いたらまた彼を誤解させてしまうのに……!)


 涙を溢すまいとぐっと拳を握った時だった。温かい腕がふわりと全身を包み込む。見ると、グレイルがそっと抱き締めてくれていた。驚いて彼の顔を仰ぎ見ると、柔らかい金色の瞳が自分を見ていた。


「俺は、お前とこうしていられるだけでも十分幸せだよ」


 耳元で優しく語られる声。彼も色々と思うことはあるだろうに、いつも自分の気持ちを優先させてくれる。彼なりに一生懸命愛を伝えてくれようとしているのだ。


 その瞬間──レティリエは唐突に理解した。


「グレイル、私ね」


 凛々しい金色の瞳を見上げながらそっとささやく。


「怖いのはあなたじゃないの。怖いのは自分……自分の感情なの。あなたに触れてもらうと、胸がいっぱいになって何も考えられなくなって……自分が自分でいられなくなることが怖かったの。はしたない子だって嫌われるんじゃないかって……」


 涙混じりに呟くと、グレイルが声をたてて笑った。


「……それは俺のことが好きって意味にとらえていいのか?」


 いたずらっぽくささやかれる言葉に、またしても胸が熱くなる。思わずグレイルの胸に顔を押し付けると、逞しい腕がそっと頭を撫でてくれた。


「俺のことを呼んでる時のレティは可愛いよ。それは俺にしか見られない顔なんだから、もっと見せてほしいくらいだ」


 そう言って額に優しくキスをする。額が熱くなると同時に心臓が熱を取り戻して心拍数が急上昇する。


「俺にお前を独り占めさせてくれないか」


 耳元で響く甘い言葉に、レティリエはやっとこくりと頷くことができた。








 その日の夜はなりふり構わずだった。

 自分でも何を言ったのか、叫んだのか、記憶にない。

 それでも、理性を解き放って自分の感情に素直になった一時は魂が洗い流されるようだった。

 お互いの心身が重なった瞬間、胸を高鳴らせる鼓動はなりをひそめて、かわりに溢れんばかりの愛しい気持ちがあふれでる。

 不思議だ。さっきまではあんなに胸を高鳴らせてドキドキしていたのに、今はもう、穏やかな甘い気持ちだけが身体中に満ちていた。


 グレイルのことは大好きだ。

 でも、この「好き」は以前の「好き」と多分違うものなのだ。



 ああそうか。ふわふわした頭でレティリエはぼんやりと理解する。





 こうやって、肌を重ねて、時間を重ねて、


──「恋」は「愛」へと変わっていくのね。










※※※


「見て見て、グレイル」


 雪解けがはじまった森の中を歩いていたグレイルが、レティリエの声に歩みをとめる。声のした方に視線を向けると、レティリエがしゃがんで嬉しそうに地面を指差していた。


「見て、ほら。もう芽が出てる」


 見ると、雪を割るようにしてフキノトウの芽がぷっくりと顔を出していた。レティリエがちょんとつつくと、緑の新芽がプルッと嬉しそうに震えたような気がした。


「もう春だな」


 グレイルの言葉に、レティリエが「ええ、そうね」と顔を綻ばせて笑う。春の日差しに照らされて輝く笑顔は幸せに溢れていた。──長く冷たい冬は雪解けと共に去ったのだ。


「ほら、そこ、まだ雪が残ってるぞ」


 グレイルが手を伸ばしてくれる。きっと以前ならドキドキして顔もまともに見られなかったのだろうけど、今は自然とその手を取ることができる。

 彼の手を掴んで甘えるように身を擦り寄せると、グレイルが笑いながら抱きとめてくれた。

 二人はそうやって、雪が残る森の中へ消えていった。





 春、凍て解けの頃合。

 森はもうすぐ命が芽吹く季節になる。

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