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白銀の狼  作者: 結月 花
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番外編② レベッカとローウェン(後編)

 二人は村長の家を出て、村の広場に移動する。勝負の方法はいたってシンプルだ。指定された敷地の中で戦い、先に体が地面についた、もしくは規定の線から先に出た方が負けだ。

 最後は力がものをいう肉弾戦だった。


 狼の姿になったローウェンとグレイルは、四隅に杭を打たれた敷地内で向かい合った。周囲には見物に来た狼達が二人を見守っている。ローウェンは、レティリエの隣で腕組みしているレベッカの姿を視界にいれた。

 村では誰もが憧れる強くて美しい赤い狼。グレイルがレティリエと夫婦になるのであれば、実質自分はレベッカに求婚できる権利はある。だが、グレイルに勝って、彼女を一番強い雄の伴侶にさせたかった。

 

 ローウェンは眼前に立つ黒狼へと目を向けた。


 ──でかいな


 目の前に立つことでわかるグレイルの大きさ。仲間として背中を預けるには心強いが、対峙するとなるとかなりの強敵だ。

 だがそうも言っていられない。


「来いよ。来ないんならこっちから行くぜ」


 そう言ってローウェンはグレイル目掛けて突進する。グレイルがひらりと交わしてローウェンの体に頭突きを食らわせた。

 ずんと重たい衝撃でローウェンは呻いた。だが負けじとグレイルの体に飛びかかってその身に牙を立てた。

 決闘とはいえ、相手に怪我を負わせてはならない。翌日以降の狩りに響くからだ。だからローウェンも甘噛みに近いくらいの力でしか攻撃していない。

 だが、グレイルは先程から体当たりを食らわせるのみで牙も爪も使おうとしない。まるで手加減されているかのようで、それが逆にローウェンの怒りに火をつけた。

 何度かもみあった後、双方距離をとって再度対峙する。


「このままじゃ埒があかねぇ。グレイル、お互いこっちの姿でやりあおうじゃねぇの」


 そう言うと、ローウェンは人の姿になってグレイル目掛けて走る。グレイルも思わず人の姿に戻り──ガシッとローウェンと組み合った。


「このやろう、手加減してんじゃねぇぞ」


「手加減なんてしているわけないだろう!」


「そうかよ。じゃあこれも悪く思うなよ」


 ローウェンが右手の拳でグレイルの腹を力一杯殴り付ける。ぐぅと呻いてグレイルが後方に下がった。良い所に入ったのか、額に冷や汗をかいて歯を食い縛っている。


「この姿なら存分にやりあえるだろ。本気でこいよ。それとも、レティの前で俺にぼこぼこにされたいか!」


「お前……!!」


 ローウェンの安い挑発に、グレイルの眉がピクッと動く。

 そのあと心を落ち着けるように目を詰むって一二度大きく息を吐き、しっかりとローウェンを見据えた。


「わかった。別に俺は村長になりたいわけではないが、真剣勝負なら手は抜かない」


「ああ、それで十分だ」


 ローウェンがニヤッと笑う。そこからは泥試合だ。殴りかかり、掴みかかり、お互いなんとか相手を引き倒そうと必死にもつれあう。ローウェンの拳がグレイルの頬に直撃して、レティリエが悲鳴をあげた。

 だが、グレイルも負けていない。ペッと血痰を吐くと、ローウェンの顎に一撃見舞った。


 脳が揺さぶられる感覚があり、ローウェンはよろめいた。思わず地面に倒れこみそうになる所を、気合いでなんとか踏ん張る。そのままグレイルにつかみかかり、組み合った。

 二人で腕をつかみあったまま、膠着状態が続く。力が拮抗しているのだ……いや、わずかにローウェンが押されている。じりじりと杭がある場所まで体が押される感覚に、ローウェンは歯を食い縛った。

 グレイルとローウェンは総合的に見ればそれほど実力に変わりはない。お互い、得意、不得意な分野があるからだ。だが、肉体の勝負になってはローウェンに勝ち目はなかった。


(くそっ……ここまでか……)


 ローウェンの額を汗が伝う。視界の端にチラリと赤い髪が映った。




 レベッカは固唾を飲んで成り行きを見守っていた。別にローウェンに勝ってほしいとも思わない。私は強い雄と一緒になって、優秀な子孫を残すことができればそれで良いのだ。そう思っていたはずなのに。


 グレイルに殴り付けられ、何度も地面に沈みかけるも根性で持ち直す。普段身なりを気にするローウェンからすると、勝利に必死にしがみつく彼の姿はあまりにも泥臭かった。

 

 だが美しかった。


 グレイルの肩が盛り上がり、ローウェンの体が押されてじりじりと杭のある場所まで移動していく。ローウェンの顔が悔しさで歪むのが見えた。


「ローウェン!!」


 思わず声が出た。隣にいるレティリエが驚いてこちらを向いたが、レベッカは構わず拳を握りしめて吠えた。


「何やってるの?! 私と一緒になりたいんでしょ? 根性見せて勝ちなさいよ!!」


 相変わらず可愛いことが言えない自覚はある。だが、グレイルと組み合っているローウェンが、微かに笑ったような気がした。


「グレイル……悪く思うなよ」


 そう言うと、ローウェンはグレイルの足を自分の足で引っかけた。


「おらああああああああああああ!!!!」


 咆哮と共にグレイルの体を一気に横に倒す。ローウェンの意図に気づいたグレイルが、慌ててローウェンの体にしがみつき……二人は同時に地面に倒れこんだ。


「えっこれは……引き分け?」


「どっちが先に倒れたんだ?」


「俺には両方同時に倒れたように見えたぞ」


 もうもうと土煙が立ち、観衆がどよめく。身を起こしたローウェンがパンパンと服を手で払い、そのまま地面に大の字になった。


「あーあ……結局お前にゃ勝てなかったか」


 空を見ながらポツリと溢す。雲ひとつない青空に、赤い髪が映った。


「……レベッカ」


「…………」


 仰向けになったまま首だけを上に動かすと、腕組みをして仁王立ちになっているレベッカが見えた。勝つと息巻いていたのに結局は引き分けにしかならなかった自分を情けなく思っているのだろうか。


「悪い。勝てなかった」


 自嘲気味に微笑むと、「いや、そうでもないぞ」とグレイルの声が飛ぶ。ハッとして視線をそちらに向けると、レティリエに支えられて身を起こす彼の姿が見えた。


「俺の尻尾が杭から出ている。……俺の負けだ」


 グレイルが指を指す方を見ると、黒いふさふさとした尻尾が敷地からぴょんと飛び出していた。


「あっ……」


 驚いて思わずグレイルの方を見ると、レティリエがローウェンを見て優しく微笑んだ。


「勝った……のか? 俺は……」


「そのようね」


 レベッカが口を開く。相変わらずの態度に、ローウェンは苦笑する。


「俺も怪我してるんだけどなぁ」


 ハハッと笑いながら呟くと、レベッカがきゅっと口を結んで手を伸ばす。その手を取って身を起こすと、レベッカの美しい顔が眼前にあらわれた。


「あんた、結構無茶するのね」


「まぁな。お前にちゃんと求婚したかったし」


 笑いながら言うと、レベッカが顔を赤くしながらプイと横を向いた。


「まあ……格好よかった、と思うわ」


 照れと共に呟かれた言葉に、ローウェンの心がはねあがる。彼女でもこんな顔をするんだな、とローウェンは微笑んだ。

 手を伸ばしてそっと彼女の頬に触れる。レベッカが軽く睨んできたが、その手が振り払われることはなかった。


 冬の風が、優しく二人を包み込んだ。






※※※※


「ローウェン、調子はどうだ?」


グレイルの呼び掛けに、ローウェンは椅子から立ち上がって二人を出迎えた。


「まだ正式に村長になってないからそんなに忙しくはないよ。でもまあおいおいやることは増えていくかな」


 前村長の家──もうすぐローウェンとレベッカが住む場所になるが──に来たレティリエとグレイルは誇らしさで輝いている友の顔を見て微笑んだ。


「グレイル、お前にも色々とやってもらいたいことはあるんだ。レティリエも、引き続きドワーフとの交渉頼むよ」


「ええ、もちろんよ」


 レティリエがにこやかに頷く。実はドワーフと交流を持つように、前村長に提言したのはローウェンだった。

 自己主張をせず、常に控えめに振る舞っていた以前の彼女と違って、自信に満ちているレティリエの顔は美しかった。彼女の笑顔を見て、ローウェンの胸もじんわりと温かくなる。


「レティ、ありがとうな」


「え? 私、何かしたかしら?」


「いや、こっちの話さ」


 不思議そうに首を傾げるレティリエを見てローウェンは微笑んだ。

 

 強さは力のことだけではないと教えてくれたのは彼女だ。

 力を持たざる者であっても、精神の強さは時に肉体以上の成果をもたらすことがある。そう考えると、きっと他にも埋もれている才はあるはずなのだ。ローウェンは、もっと多角的に見られるようにこの村を改革していくつもりだった。


「まぁゆっくりしていけよ。今後のことも話し合いたいしさ」


 そう言ってローウェンはにっこりと笑う。



 明るい日差しが窓から入ってローウェンを照らす。それはまるで新しい長の誕生を祝っているかのようだった。

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