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白銀の狼  作者: 結月 花
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番外編① 幼馴染(中編)

 その日から、レティリエはグレイルと一緒に過ごすことが多くなった。

 もともとは孤児院の生活が長いレティリエがグレイルに色々と教えていたのが発端だが、年が近いこともあり、いつの間にか自然と二人で行動するようになっていた。


 その日も、レティリエはヤマモモがたくさん成っている場所を案内するためにグレイルと一緒に森を歩いていた。

 さくさくと葉を踏み鳴らしながら森の奥へ進んでいると、前方でカサッと微かな音が聞こえた。


「あっ野ウサギだ!」


 グレイルが指さすほうを見ると、草むらから飛び出してきた野ウサギがこちらを向いていた。

 と同時にグレイルがその身を狼の姿に変える。


「あっ……」


 思わず声をあげてしまい、慌てて口をつぐむ。置いて行かれるのはいつものことだ。慣れっこになっているはずなのに、寂しいと思う気持ちはいつまでたってもなくならない。

 だが、その日はいつもと違った。


「レティ! これ、火つけとけよ!」


 グレイルが持っていた火打石をレティリエに押し付け、そのまま野ウサギを追って一目散に駆けだした。

 あっという間に消えていくグレイルを茫然と見つめ、ふと視線を下に落とす。両手には今しがた押し付けられた火打石が乗っていた。

 役割をあたえられたからには……自分は今それをしなければならない。

 レティリエは一生懸命枯葉や小枝を集め、見よう見まねで火床を組む。火をつけるのはいつも年上の子達だったが、レティリエだっていつも傍らで見ていたのだ。最初のうちは失敗していたが、何度かやっているうちに火床に火をつけることができた。

 ぱちぱちと爆ぜる炎を見つめていると、グレイルが戻ってくる気配がした。


「おっ火つけといてくれたんだな。これやっといてもらえると助かるんだよ。ありがとな」



 ありがとな。



 初めて言われたお礼の言葉に、レティリエは思わずグレイルの顔を見た。


「何? 何かついてる?」


「う、ううん、なんでもない……」


「ふーん。あ、はい、これ」


 グレイルが当たり前のように捌いた肉を渡してくれる。レティリエは肉を受け取ると枝にさして火の側に置いた。

 パチパチと燃える赤い炎が、肉を香ばしい色に焼き上げていく。

 その様子を眺めながら、レティリエは今までにない、何か高揚感に似たものを感じていた。


「ねえ、グレイル、私って変だと思う?……狼になれないし」


 言ってからしまったと後悔する。自分を偏見の目でみないグレイルに甘えてついポロリと口に出してしまったが、もし彼から否定される言葉を言われたら、自分はそれを受け止める自信がなかった。ソワソワと落ち着かない気持ちで彼をそっと盗み見ると、グレイルは何事か考えている様子だった。


「んー……そうだなあ」


 肉を頬張りながらグレイルが呟く。


「狼になれないのは変わってるかもしれないけど……でも別にレティ自身は普通だろ」


 当たり前のように使ってくれる普通という言葉に、凍てついていた心が溶かされていくのを感じた。胸のうちからこみあげてくる熱がじわりと目頭を熱くする。

 彼の目には、自分はお荷物の変な狼ではなく、普通の女の子として映っているらしかった。


「うん……ありがとう」


「ん? なんで?」


「ううん、なんでもないの」


 不思議そうに首をかしげるグレイルを見て、レティリエは嬉しそうに微笑んだ。







 それから二人は孤児院で時間を重ねていった。「お前の分まで俺が強くなる」とグレイルに言われた日から、彼を見る目が少し変わったけれど、でもグレイルがいれば辛いことがあっても平気だった。

 とうとうグレイルが群れに所属する日がやってきた時は勿論寂しくは思ったものの、贈ったペンダントを胸に出て行った幼馴染を、レティリエは誇らしげに見送った。


 グレイルが孤児院を出てから半年ほど経ったある日のことだ。

 グレイルが孤児院に顔を出すという話をマザーから聞き、レティリエは嬉しさで飛び上がった。その日は朝からソワソワと落ち着かず、朝食のパンを焦がしてマザーに笑われたのも気にならなかった。

 昼時になって、孤児院の扉を叩く音がして、レティリエは一目散に玄関扉に飛びついた。


「おかえりなさい!」


 扉を開けると、そこには待ち焦がれていた幼馴染の姿があった。急いでグレイルのもとに駆け寄り、彼の姿を目の前にした瞬間レティリエはハッとした。


(あれ……? こんなに背が高かったかしら……?)


 久方ぶりに会うグレイルは一回り大きくなっており、以前は自分と同じくらいだった背丈は頭一つ分ほど高くなっていた。


「レティリエ、久しぶりだな」


 少しだけ低くなった声にドキッとする。「う、うん……」と気のない返事しかできない自分が恥ずかしかった。


 その後もマザーや子供たちと一緒に昼食を食べたのだが、レティリエはどうも落ち着かず、なかなか彼と話すことができなかった。グレイルを前にして話そうとするも、どうしても彼の目を見ることができず、視線は下を向いてしまう。

 そんな自分を見かねたのか、昼食後にマザーが笑いながら籠を手渡してきた。


「ほら、久しぶりにあんた達二人でキイチゴを採っておいで」


「わかった。ほらレティ、一緒に行こうぜ」


 そう言って差し伸べられた彼の手を、レティリエはおずおずととった。自分の手を握る彼の手は以前より遥かに大きくなっていた。





「じゃ、俺はあっちで採ってくるから、レティはそのあたりで頼むよ」


「う、うん、わかった」


 二手に分かれたことで内心安堵する自分がいた。二人でキイチゴを採りに行くのなんて日常の一部だったのに、今日はなぜだかグレイルと一緒にいると変な調子になってしまう。

 レティリエはふるふると首を振ると、籠を手に持ちながら、赤い宝石のようなキイチゴを摘んでいった。

 キイチゴを摘んでいる間は落ち着かない気持ちを忘れられる。そのせいか、夢中で採るうちに、いつの間にかレティリエは森の奥まで来てしまっていた。


(随分と奥まで来てしまったわ……グレイルの所に戻らないと)


 最後のひとつを摘み、元来た道を戻ろうと背を向けた時だった。近くの木の陰で衣擦れの音と微かな息遣いが聞こえ、レティリエの耳がピクッと動いた。


(誰かいるの……?)


 こんな森の中で何をしているのだろうか。レティリエは物音を立てないように木の側に歩み寄り、木の陰から身を乗り出してそっと覗いた。

 

 目の前には男女の狼がいた。体格や顔つきから見るに、大人の狼だ。怖い人でなくて良かった、と安堵したレティリエが声をかけようとしたその時だった。

 抱き合いながら見つめあっていた雌雄の狼が、どちらからともなく唇を重ねた。二人は恋人同士か、もしくは夫婦なのだろう。だが、そのキスはレティリエがいつもマザーにしてもらっている「キス」とは違っていた。何度も唇を重ねるたびに、二人の息遣いが荒くなっていく。

 少女のレティリエはまだその意味を知らない――だが、見ていてはいけないものを見てしまったことだけはハッキリとわかった。


「どうした? レティ」


 背後から声が聞こえて、レティリエは飛び上がった。声を出さなかったのは我ながらよくやったと思う。振り返るとグレイルが首をかしげながら立っていた。おそらく、なかなか戻らない自分を探しに来たのだろう。レティリエは口をパクパクとさせながらグレイルを仰ぎ見た。


「ん? おー……やってんなあ……」


 グレイルも目の前の二人に気が付いたようだ。興味津々と言った様子でレティリエが隠れている木に手をつき、陰からそっと身を乗り出した。すっかり大きくなった彼の体は自分の体をたやすく覆い、レティリエの獣耳にグレイルの顎が触れる。

まるで後ろから抱きしめられているような感覚に陥り、レティリエの心臓が飛び跳ねた。


「グレイル……ち、近いわ……」


「あ、ああ。ごめん」


 頭上から降ってくる声。すっぽりと納められる体。目の前にある腕は以前より太くがっちりしていて、自分の小さな体とは大きく違っていた。

 そっと彼の顔を仰ぎ見ると、自分を見下ろす金色の瞳と視線が交わる。

 その瞳を見た瞬間……レティリエは重ねてしまった。自分達と、目の前の恋人同士の姿を。


(やだ……どうしよう、私……私……)


 グレイルが自分にキスをする姿を想像してしまい、頭の中がパニックになる。想像したのは一瞬だ。それでも、脳裏に浮かんでしまった光景は目に焼き付いて離れない。

 得体のしれない感情に振り回されて、レティリエは泣きそうだった。心臓が急激に鼓動を早め、体温が一気に高くなる。

 

 自分がはっきりと彼に恋心を抱いているのを自覚したのは、多分この時だ。

 その後、自分がどんな顔をして、どんな風にして帰ってきたのかは記憶にない。


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