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白銀の狼  作者: 結月 花
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第23話 迷い

 雲ひとつない青空に、力強く鉄を打つ音が響く。大勢のドワーフが鉱山を行ったり来たりと忙しなく動き回る中、グレイルはドワーフ達と共に炭鉱作業に勤しんでいた。

 両手で掲げたつるはしを力強く振り下ろすと、銀色に輝く鉱石が山肌から顔を出す。力はいるがなかなかやりがいのある仕事だ。グレイルは大きく息を吐くと、腕で汗を拭った。その弾みに、腹に巻かれた白い包帯が視界に入る。


「兄ちゃん、大分動きが様になってきたな。もう腹の傷も良くなってきたんじゃないか?」


 隣でつるはしをふるっていた中年のドワーフが話しかけてきた。グレイルの腹に巻かれた包帯をちょいちょいと指差している。どうやら傷の状態を確認してみろと言うことらしい。

 グレイルは腹に巻かれた包帯を取り、傷の具合を確かめた。大きな傷痕は残っているが、皮膚と皮膚はしっかりとくっついており、膿んでもいない。身体を大きく動かしてみても痛みは無かった。そろそろ集落を出る頃合いかもしれない。今夜にでもレティリエと帰る算段をつけた方が良いだろう。

 中年のドワーフが、水の入った木製の水筒を投げて寄越してくれた。グレイルは受け取り、口をつけてくっと一息に飲み干す。


「そういえば兄ちゃん、あんたレティリエちゃんと恋人同士じゃないって本当か?」

「ぶっ!?」


 ドワーフの突然の発言にグレイルは飲んでいた水を吹き出した。今朝見た夢のことがあったせいか、思ったよりも動揺していることを自覚する。


「あっ! それ俺も気になってたんだよ。おまえら仲良いんだろ?」

「そうそう、今までのあんたらのやり取りを見てたら、どう考えても恋仲にしか見えんだろうよ」

「つーかそもそも、おまえらの関係ってなんなんだ?」


 面白そうな話を嗅ぎ付けたのか、他の男達も集まってきた。皆好奇心で目を爛々と輝かせている。

 確かに若い男女が共に行動をしていれば、恋人か夫婦に見られやすいだろう。おまけに最初に見たのが、お互いに命を賭けて守りあう二人の姿だったから尚更だ。

 狼は仲間意識が強い種族である為、夫婦や恋人で無くとも雄は雌を命懸けで守る。それはひとえに雌が一族の為に子を生める存在であるからなのだが、ドワーフ達は狼の価値観を知らない。そう考えると、確かに自分達は誤解されやすい関係ではある。


「いや、その……自分達はただの幼馴染みです」

「はぁ? 幼馴染みぃ?」


 戸惑いながらも言葉を返すグレイルに、ドワーフ達はすっとんきょうな声をあげた。


「お前、ちんたらしてるとレティリエちゃんが他の男に持ってかれるぞ?! いいのかよ」

「そうそう、俺が狼だったらとっくに求婚してるぞ」

「ちげえねぇや!」


 ワハハハハと笑いあうドワーフ達を、グレイルは新鮮な気持ちで見ていた。

 狼の社会においては、彼女の価値は認められにくい。レティリエがこうやって異種族とはいえ好意的に見られているのは、グレイルとしても喜ばしいことだった。


「あっお前、何嬉しそうにしてやがる! 今は自分が一番近くにいて余裕かましてられるかもしれないがな、そうこうしている間に誰かに持ってかれるかもしれねえぞ? 惜しいと思うなら早めにつばつけとけよ」

「狼のことはよく知らないけどよ、見たところお前ももう大人だろ? 将来の相手のこととかは考えないのか?」


 初めは茶化していたドワーフ達だったが、次第に声色が真剣になっていった。


「いや、その、自分はあんまり婚姻というものについて考えたことがなかったもので……」

「へえ? そうなのか? 随分呑気な話だな」

「狼の村では、将来の相手が決まっているようなものですから」


 グレイルの言葉に、ドワーフ達は揃って首をかしげた。



 狼にとって、婚姻とはすなわち「一族の為に強い子を儲けること」だ。

 基本的に狼の婚姻関係は、同じ実力同士の者で機械的に結ばれることが多い。祭りの時期になるとなんとなく自分の番の相手が見えてくるもので、皆それを漠然と受け入れている。

 勿論、どの夫婦もお互いに愛し合い、協力しながら一生を共にするが、それは番になってからの話であって、恋愛感情だけで婚姻関係を結ぶことは滅多にない。クルスが力を持たないナタリアと一緒になることに引け目を感じているのも、強さを一番に重視する狼の価値観から来ている。

 グレイルの話を聞いて、ドワーフ達は明らかに落胆した様子だった。


「なんだ、じゃあお前とレティリエちゃんが夫婦になることはないんだな」

「ええ、まあ、そうですね」

「狼の価値観は難しいな。俺、お前とレティちゃんはお似合いだと思ってたんだけどな」

「俺も、お前らは夫婦になるのかって思ってたよ」

「けどよ」


 まだ年若いドワーフがポツリと言った。


「狼のルールはわかった。けど、お前自身は誰と結婚したいとか思ったことはねぇのかよ。お前は本当に……レティちゃんが他の男と宜しくやってても、気にならねぇってことか?」


 ドワーフの言葉に、グレイルは咄嗟に返事ができなかった。

 自分は当然の如くレベッカと夫婦になるものだと思っていたからか、それ以上のことを考えたことがなかった。自分はただ、一族の為に強い子孫を残すのみ。相手が誰であるかは自分にとってさほど重要では無かった。


 ……と、思っていた。

 

 ただ、今は自分の気持ちがわからなくなっていた。彼女がやがて離れていくことに一抹の寂しさを覚えるのは、孤児院で兄弟同然の様に育ってきたからなのか、それとも別の理由があるからのか。

 若いドワーフが額に手を当てながら大袈裟にため息をついた。


「おいおい、しっかりしろよ。レティリエちゃんがお嫁さんになったら、毎日あーんしてもらったり、ちゅーしてもらったり、他にも色んなことしてもらえるんだぞ? 俺だったら憤死するね」

「お前、それは話が飛躍しすぎだ」


 中年のドワーフが若いドワーフの頭に拳を落とすと、若いドワーフは「冗談っすよぉ」と笑いながら言った。

 

 だが、冗談めかして言ったはずのドワーフの言葉は、グレイルの胸に突き刺さった。

 今朝見た夢の光景が脳裏に浮かぶ。

 ただ一人に向けられる、幸せに満ちあふれた笑顔と甘い恋慕の瞳。きっと、彼女と番になる男は、自分の知らない彼女の顔をこれから知っていくのだろう。

 レティリエのことを大事にしてくれる男が現れるのは喜ばしいことだが……なんとなく面白くない気持ちになるのはなぜだろうか。


「あっ! レティリエちゃんだ! おーい!」


 その時、若いドワーフが前方を指差して手を振った。振り返ると、見慣れた銀色の毛並みがこちらに向かって歩いている姿が見えた。


「そういやもう昼時か」

「確かに腹が減ったな」

「レティちゃん、こっちだよ~」


 ドワーフが口々に言い、ドワーフの姿を見つけたレティリエが笑顔で手を振った。


「あっそうだ。お前、これ持ってろよ。絶対に落とすなよ」

「え? あ、はい…」


 そう言うと、ドワーフの一人がグレイルの手に鉱石の山を押し付けた。

両手から溢れんばかりの鉱石を持たされ、グレイルはこぼさないようにしっかりと受け止める。ギリギリ手に収まるくらいの絶妙な量を持たされ、動くと溢れ落ちそうだ。

 と同時に、レティリエがひょこっと顔を出した。


「皆さんお疲れ様です。これ、マルタさんからです」


 差し出された籠の中には、綺麗に並んだ色彩豊かな食べ物がぎっしりと詰まっていた。


「うわっ! 今日もうまそ~!」

「レティちゃんが作ったのはどれ?」

「えっと、このサンドイッチです」


 レティリエがキイチゴのジャムを挟んだサンドイッチを指差す。食べやすいように一口大の大きさに切ってあった。ドワーフの一人がサンドイッチをつまみ、パクッと口に放り込む。


「ん~! うまい! しかもこれ、オレンジの皮が入ってるんだな。キイチゴとよく合うよ!」

「わあ! 私たちの故郷の味なんです。気に入ってもらえて良かった!」


 にっこりと笑うレティリエに、ドワーフがサンドイッチを頬張りながらグレイルを顎でさす。


「じゃあさ、それ、あいつにも食わせてやってくんねえ?」

「え?」


 顔をポッと赤らめながらグレイルを見るレティリエに、他のドワーフも合点が言ったようにニヤリと笑った。


「ちょっとあいつ取り込み中でさ~今手が使えないんだよ。悪いけど、レティちゃん口に入れてやってよ」

「あいつさっき腹ペコで死にそうって言ってたからさ~」

「なっ……!」


 ドワーフ達のあからさまな態度にグレイルはドワーフ達に呆れた視線を送った。レティリエはこういった男達の悪ふざけに慣れていない。後で食べるから置いておいてくれ、と口を開こうとした途端、レティリエの金色の目と視線があう。


「……グレイルも食べる?」


 意外にもレティリエは乗り気な様子だった。サンドイッチを手に持ったまま、おそるおそるグレイルを見上げている。

 自分を見つめる丸い瞳に負けてグレイルはふうと息を吐いた。ドワーフ達のからかいに乗るのは癪だが仕方ない。


「あぁ、じゃあ口に入れてくれ」


 口を開けると、レティリエが少し恥ずかしそうな顔をしながらサンドイッチを中に入れてくれた。口を閉じる瞬間、彼女の指先が唇に触れ、レティリエが微かに紅潮したように見えた。


「……うん、うまい。ありがとう」


 お礼を言うと、レティリエは「良かったぁ」と言って嬉しそうに微笑んだ。

レティリエのはにかんだ顔に一瞬ドキリと胸が高鳴る。ドワーフ達のからかいに、少し困ったような顔をしつつも、その中にほのかな嬉しさを覗かせる彼女の笑顔は、グレイルも見たことのない表情だった。


(レティリエちゃんがお嫁さんになったら、毎日あーんしてもらったりちゅーしてもらったり、色々なことをしてもらえるんだぞ?)


 先程のドワーフの余計な一言のせいで、一瞬、恋人同士の仲睦まじいやり取りであるかのように錯覚してしまった。グレイルは頭を振って想像を頭の片隅に追いやる。

 いつかこの笑顔を向けられるのは、誰か別の狼であって、自分では無いのだ。


「あー! レティリエちゃん、こんな所にいたのね! 悪いんだけどちょっと来てくれない?!」


 突如、女のドワーフが慌てふためきながら飛び込んできた。男達を豪快に押し退け、レティリエの両手をがっちりと掴む。


「今日の食事当番があたしなんだけど、子供たちがうるさくてさ! ちょっと面倒見ておいてくれないかい?」

「え、ええ、いいですよ。今行きますね」


 女ドワーフの勢いに気圧されながらもレティリエがにこやかに答えると、女性はほっと安堵の息をついた。

 レティリエが食事の入った籠をグレイルに渡し、ドワーフの男達に挨拶をする。地下集落に戻ろうと炭鉱に背を向けた瞬間、ドタドタとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。


「あっ! レティリエちゃん! ねぇ冬までに衣服を新調しなきゃいけないんだけど間に合わないのよ! 時間がある時に手伝ってほしいんだけど!」

「レティリエちゃーん! ジャムっていうやつのレシピが欲しいんだけど書いてくれない? 旦那が食べたいってうるさくってさ!」


 別の女のドワーフが次々にやってきて、やつきばやに用件を述べる。呆気に取られるグレイルをよそに、レティリエは驚きながらも「勿論です」と笑顔で答えた。


「料理のことがありますので、まずは厨房に行きますね。衣服のお手伝いはその後でも良いですか? ジャムのレシピは書いてお渡ししますね」

「ありがとう。レティリエちゃんは頼りになるねぇ」

「助かるよ~今度お礼するからさ!」

「じゃ! 時間ができたら声掛けてね」


 女性のドワーフ達は口々にお礼を言うと、来たときと同じく、嵐のように去っていった。


「なんだったんだ今のは……」


 呆然とするグレイルをよそに、男のドワーフ達は慣れている様に笑った。


「あ~今は冬支度に備えて女共は皆忙しいんだよ。見苦しい所見せちまって悪かったな」

「まぁ、俺らの分まで準備してくれてるから女共には感謝しなきゃいけねぇんだけどよお……」

「レティリエちゃん、種族が違うのに色々と手伝わせちゃってごめんなぁ」


 ポリポリと首をかくドワーフ達に、レティリエは笑顔で首をふった。


「いいえ、私にも手伝わせてもらえて嬉しいです。それじゃあ、私はもう行きますね」


 レティリエは男達に手を振ると、グレイルに向き直った。


「グレイルも頑張ってね。怪我に響かないように気をつけて欲しいけど」

「あ、ああ。しかし色んな用事を頼まれてたな。あんまり無理するなよ」

「ううん、楽しいから平気よ! それじゃあまた後でね」


 レティリエは笑顔でグレイルに手を振ると、先程女達が消えていった場所に向かって走って行った。なんとなく、彼女が見えなくなるまでグレイルは後ろ姿を眺めていた。


 彼女はドワーフの集落に来てから明るくなったように思う。いや、元々の素の性格が出るようになったと言う方が正しい。幼い頃のレティリエは、今よりもっと明るく、素直に感情を出す子だった。大人になるにつれ、皆に遠慮してなのか、控えめに行動するのが当たり前になっていた。心無いことを言われている彼女の姿を何回か見たことがあるが、怒りもせず悲しみもせず、黙って寂しそうに微笑むだけだった。


 いつからだろうか、彼女の素顔を見なくなったのは。

 秋の祭りの日、木の上に腰掛け、村の皆の様子を遠くからひっそりと眺めていたレティリエの姿を思い出す。

 

 自分は、本当にこのまま村に帰ってもいいのだろうか?

 彼女の存在を認めてくれない社会に戻すのは果たして正解なのだろうか。

 グレイルの疑問に答えるものは誰もいなかった。

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