第22話 夢
グレイルは森の中にいた。よく見慣れた、狼の村の近くにある森だ。
そうか、自分は無事に村まで戻ってきたのか。辺りを見渡すと、あちこちで肩を寄せ合う雌雄の狼達がいた。遠くからは賑やかな話し声も聞こえる。
今日は豊寿の祭りだったか。グレイルは働かない頭でぼんやりと考えた。それならば、自分はレベッカを探さなければいけない。そして村長の元に行き、将来を誓い合うのだ。グレイルはキョロキョロと見回して赤い髪を探した。
突如視界に入ってきたのは銀色の耳と髪の毛だ。レティリエが大きな切り株の上にちょんと座っている。彼女も無事に村まで戻ってきたのだ。グレイルの胸に安堵の念が込み上げる。
思わず彼女の元へ駆け寄ろうとしたその時、目の前に一匹の雄狼が現れた。毛並みは黒のような濃い灰色のような白のような、霞がかかった感じで判別がつかない。
自分に背を向けている為、雄狼の顔は見えないが、彼はレティリエに近づき何かを喋りかけていた。
レティリエは少し驚いた顔をしたが、やがておずおずと右手を差し出した。雄狼はレティリエのもとへ膝まずき、彼女の手を取るとうやうやしく手の甲に唇を落とした。求婚のポーズだ。おそらく彼はレティリエに婚姻の申し込みをしに来たのだろう。
そうか、彼女は幸せになるんだな。グレイルはホッと安心した気持ちで二人を眺めた。
雄狼がレティリエに右手を差し出す。レティリエは白い頬を薔薇色に染めながら破顔すると、雄狼が差し出す手を恥ずかしそうに取って立ち上がった。
雄狼を見つめる彼女の瞳は今までに見たことがない程甘やかで、思慕の情に輝いていた。恋をする女性の顔だ。その目を見た瞬間、グレイルの胸に微かなざわめきが生じた。
雄狼がレティリエの腰を抱き寄せ、顎に手を添える。レティリエがその意味に気づき、恥じらいながらも目を伏せた。グレイルの目が、彼女のさくら色の唇に釘付けになる。
自分は早くレベッカの元に行かなければならないはずなのに……なぜかその光景から目が離せなかった。二人の唇がそっと重ね合う瞬間、
グレイルの視界に入ったのは土色の天井だった。反動でガバッと飛び上がるように起き上がると、「きゃっ!」っと小さく悲鳴があがった。
声がした方を見ると、レティリエが手巾を手に持ったまま、驚いたようにグレイルを見つめている。辺りを見渡すと、見慣れた地下集落の一室だった。
「夢……か……」
右手を額にあてて息を吐く。首や背中がびっしょりと汗で濡れていた。
「グレイル、大丈夫? うなされてたから、傷が痛いのかと思って……」
レティリエが心配そうな顔で覗きこむ。どうやら手巾で額の汗を拭いてくれようとしていたらしい。先程まで夢に出てきた当人が目の前で自分を見つめていることに、なんだか落ち着かない気分になる。
「あ、いや、ちょっと変な夢を見ただけだ。なんでもない」
右手で目頭を押さえながら返事をする。なぜか彼女の顔をまともに見ることができなかった。
思いがけない夢を見て動揺するなんて情けない。グレイルは心の中で自分を叱咤した。
「そうなの? でも、すごい汗よ。熱でもあるんじゃないかしら」
レティリエが近より、グレイルの額にそっと手を当てた。
長い睫毛に彩られたぱっちりとした金色の目と薔薇色の頬、艶やかなさくらんぼ色の唇が視界に入り、グレイルはドキリとした。先程の夢のせいか、見慣れた幼馴染みの姿がいつもと違って見える気がする。
「ほっ本当に大丈夫だ。心配かけてすまない。あぁ、そろそろ仕度をしないとな」
グレイルは慌てて敷布をはねのけると、起き上がって身支度を始めた。レティリエは不思議そうに小首を傾げていたが、特に具合が悪そうな所もない為、安心したように自分も仕度を始めた。
「じゃあ、また夜にね」
「ああ、レティも頑張れよ」
そう言って出ていった幼馴染みの姿を、グレイルは背中で見送った。




