第16話 集落での生活(1)
「炭鉱の手伝い?」
「ああ。彼らには世話になりっぱなしだからな。それに、俺もそろそろ動かないと体が鈍りそうだ」
次の日、グレイルが少しでもドワーフ達の力になりたいと手伝いを申し出たことを知り、レティリエは目をしばたいた。
「それはとても良いことだと思うけど……怪我は大丈夫?」
「ああ。まだ本調子では無いが、大分傷は塞がりかけてるよ」
「そう、それなら気をつけていってらっしゃい」
寝台に座って手を振るレティリエに笑みを返し、グレイルは仕度を整えると早々に部屋を出ていった。
レティリエは自分にも何かできることがないかと、天井を見上げた。こういう時に、すぐ恩人に力を貸してあげられる彼が羨ましいと思う。それでも、どんなことでも自分にできることはきっとあるはずだ。
レティリエは部屋を出てドワーフ達の様子を眺めながら考えることにした。
地下集落に住むドワーフ達は、まるでひとつの巨大な家族の様だった。それぞれ寝起きをする「家」はあるものの、夜以外は基本的に戸締まりをせず、どの家にも勝手に出入りして良いらしい。
ドワーフは主に炭鉱や鍛冶を得意としている。男衆は地上で鉱石の採掘や砂金の採集を行い、地下では鍛工や製鉄を行う。対して女衆は外で狩をしてきたり、パンを焼いたりと生活基盤を支える役目を担っている様子だった。
レティリエは初めて見る異種族の生活が楽しくて色々と見て回った。大きな武器を作る者がいれば、灼熱の炎を物ともせず鉄を打つ者もいる。
しかし、レティリエの目を惹いたのは、地下空間にでんと聳え立つ大きな石造りの建物だった。建物は出入り口と窓があるだけだのシンプルな造りで、扉は開け放されたままだ。建物の入り口付近に小さな机が置いてあり、上に何かが並べてある。
レティリエは気になり、近づいてそっと覗きこんだ。
「わぁ……! とても綺麗……!」
思わず感嘆の声をあげてしまい、慌てて口をつぐむ。そこには、美しい細工が施された石造りの工芸品がいくつも並べてあった。幾何学的模様が施された装飾品、動物達をモチーフにした美しい置物、どれも石でできているとは思えない程の精巧な出来栄えだった。
「すごいだろ? ドワーフの作る工芸品は世界一なのさ。あのプライドの高いエルフ達ですら欲しがるくらいだ」
背後から得意そうな声が聞こえて振り返ると、立派な顎髭を生やした筋骨隆々の中年のドワーフが満面の笑みで立っていた。レティリエは慌ててぺこりとお辞儀をして挨拶をする。
「お邪魔してしまってすみません。今までに見たことがないくらい素敵な物ばかりで思わず見とれてしまいました」
「当然さぁ! あんた、マルタが言ってた狼の女の子だろ? 俺はギークってんだ。良かったら記念に一個持っていくかい?」
ドワーフの男は気前よく言い、並んでいる沢山の石細工を指差した。古今東西、女性はキラキラした物や華やかな物に惹かれる。レティリエもご多分にもれず、こう言った精緻な美しい芸術品は大好きだった。
それでも、自分達はただでさえ居候をさせてもらっている身だ。まだドワーフ達に何も返せていないのに、これ以上良くしてもらうのは行きすぎだと思い丁重に辞退した。その代わり、今度狼の村から気に入って貰えそうな物を持ってくるので、交換してください、と言ったらギークは快活に笑って承諾してくれた。
石細工に見とれていた時だった。建物の中からガチャン! と何かが割れる音と、野太い怒声が聞こえてきた。レティリエとギークは慌てて建物の中へ目をやる。
見ると、大柄な体躯をした別のドワーフが、子供のドワーフの背中を掴んで引き上げ、宙吊りにしていた。他にも子供のドワーフが数名、大柄なドワーフの周りに集まってキイキイと何かを言っている。
「コラァ!! ここに来ちゃいかんと何度も言ってるだろ!! あっちに行ってろ!!」
「いやだい! おれだって石細工くらいできるもん!!」
「私もやりたい!!」
「僕も僕も!! なんでやらせてくれないの?」
「危ないからに決まっているだろうが!! ここはガキが来るところじゃねぇ! 外で遊んでろ!!」
よくよく見ると、宙吊りにされている男の子の手には鋭利な刃物と金槌が握られており、周囲には石細工の破片が散らばっていた。おそらく、石細工に必要な道具を取ろうとした弾みに手が当たり、その音で大人にバレてしまったのだろう。
「おいラウル、助っ人が必要か?」
「ああ、こいつらを工房から摘まみ出すのを手伝ってくれ」
ギークがラウルと呼ばれた男に近づき、ラウルが男の子を宙吊りに掴んだままもう片方の手で子供達を指差した。摘まみ出すと言われ、宙吊りにされた男の子がバタバタと暴れだす。
「だって外は雨だし遊びに行けなくてつまんないんだもん」
「もう中で遊ぶの飽きたよ~」
「私も面白いことしたい!」
「ダメだと言ったらダメだ。さぁもうあっちへ行け」
ラウルは丸太の様に太い両腕を腰にあて、怖い顔で叱りつけるも、子供達は言うことを聞かず口々に文句を言う。
子供達と大人の押し問答が続く中、もぞもぞと視界の中で何かが動いた。子供達の中でも特に小さい、まだ年端もいかないドワーフの少女が集団からヒョイっと離れ、工具が並んでいる机に近づいた。子供達を叱りつけていたラウルがそれに気付き、掴まえようとする前に女の子は机の上に置いてある工具を掴んだ。
「あぶねぇからそれに触るな!」
「い~や~!!」
ラウルが少女の手を掴み、抵抗してバタバタと暴れる少女の手から工具を取り上げる。その弾みに工具の刃が少女の袖の端をピリッと切り裂いてしまった。
「あっ……おようふく……きれちゃった……うわーーーん!!」
「あっわりぃ! ごっごめんな。おじちゃんが新しいお洋服作ってあげるからな」
怪我は無く、袖の端が少し切れてしまっただけだったが、少女にとっては一大事だった様だ。大粒の涙をポロポロ溢しながら大声で泣き、ラウルはオロオロしながら少女を宥めた。それを見たギークが盛大なため息をつく。
「見ての通り、俺らは男も女も忙しいからさ。子供達に構ってやれる大人が少ないんだよ。子供達もわかっちゃあいるんだが、たまにこうやって邪魔しに来る」
「あの……もし良ければ私が子供達を見ていてもいいでしょうか?」
一連の様子を見ていたレティリエが恐る恐る尋ねると、ギークは驚いた顔で目を見開いた。
「そりゃあ、子供達の相手をしてくれるのは願ったりかなったりだが……客人にそんなことをさせて良いのか?」
「ええ、子供達の相手は慣れてますから。それに、客人ではなく私達は居候をさせてもらっているだけです。お力になれることがあるなら手伝わせてください」
そう言ってレティリエは微笑んだ。異種族の女に大事な子供達を任せてくれるとは、随分と自分達は信用されているようだ。どうやら、お互いの為に自身を省みない狼の仲間意識の強さを目の当たりにした為か、ドワーフ達は二人を好意的に見てくれている様だった。
「それじゃあ宜しく頼む。何か必要な物があったら言ってくれ」
「でしたら、裁縫道具をお借りできますか?」
ギークの有難い申し出に、遠慮無くお願いをする。ギークはわかったと言い、ラウルに何かを耳打ちすると、彼は頷いて工房から出ていった。
ラウルが出ていくのを見届け、レティリエはギークの側で泣いている少女に近づき、優しく頭を撫でた。
「お洋服切れちゃったね。でもお姉ちゃんが直してあげるから大丈夫だよ」
「ほんと? ほんとになおる?」
女の子はパッと泣き止むとまんまるの瞳でレティリエを見上げた。
「これ、リリーのおきにいりなんだぁ……」
「そうなのね。そうしたらちゃんと直さないとね」
そんなやり取りをしている内に、ラウルがマルタを連れて工房に戻ってきた。
「ラウルに言われてきたけど、裁縫道具が必要なんだって? とっちゃが使うのかい?」
「ありがとうマルタ。いや、それは彼女に渡してくれ」
ギークがレティリエを指差すと、マルタはレティリエを見て破顔した。
「ああお嬢ちゃん、あんただったのかい。何に使うか知らないけど、好きに使っておくれ」
「ありがとう、マルタさん」
裁縫道具を受け取り、ぺこりとお辞儀をするとマルタは「アンタ、失礼ないようにするんだよ!」とギークを小突いて笑顔で工房を出ていった。
どうやら二人は夫婦らしい。仲の良さが伺えるやり取りを見てレティリエはほっこりと心が温かくなった。
裁縫道具を持ってリリーの側に座る。袖を見せてもらうと、手首の部分が数センチほど裂けていた。レティリエは針に糸を遠し、慣れた手付きで縫いはじめた。
「お姉ちゃんが特別に魔法をかけてあげるね。リリーちゃんは何が好きかな?」
「すきなもの、なんでもいいの?」
「ええ、何でもいいわよ」
「じゃあチューリップ!」
レティリエはわかったわ、と微笑むと赤と緑の糸を手に取った。袖を直した縫い目が目立たないように、縫い目の側に赤い糸を通す。いつの間にか他の子供達も集まってじっとレティリエの手元を見つめていた。
「はいどうぞ、できたわよ」
糸を結んで歯でプチンと切ると、リリーの袖には可愛らしいチューリップの花が咲いていた。
「わー!! かわいいっ!」
リリーは満面の笑みでピョンピョン跳ねた。嬉しそうに袖を押さえてえへへぇとはにかむ。
「リリーばっかりずるいぞ! 俺にもやってよ!」
誰かの声を皮切りに、僕も私もと子供達が口々にお願いをする。
「みんなの分やってあげるわ。一人一つね。順番こにやりましょう」
「やったーー! 俺はね、金槌の絵をいれてほしいな!」
「私はスミレがいいな」
「僕はお肉の絵!」
「え~おにくぅ?」
「好きなんだからいいだろ!」
ワイワイと楽しそうに騒ぐ子供達を見て、ギークは目を丸くした。
「へえ……お嬢ちゃん随分と子供の扱いがうまいんだな」
「狼の村ではよく子供達の相手をしていたんです。孤児院に住んでいるものですから」
レティリエは孤児院の子供達のことを思い出して微笑んだ。彼らもよく遊んではどこかに引っ掻けて洋服をボロボロにして帰ってくる。ほつれを直すついでに刺繍で可愛くしてやると、子供達は笑顔で喜んでくれるのだ。彼らは今元気にしているだろうか……。
そんなことを考えながら子供達の言う通りに刺繍を入れていく。最後の一人の衣服に刺繍を入れていると、マルタが子供を連れて工房へ入ってきた。
「ちょいとごめんよ。この子がどうしてもお願いがあるみたいで……おや!」
マルタはレティリエの手元を覗きこみ、感心した様に声をあげる。
「へえ……お嬢ちゃん、なかなかやるね。もう子供達の心を掴んじまったのかい」
「これくらいしかできませんが、喜んでもらえたのなら私も嬉しいです」
「いや、これだけできれば大したもんだ。私の服にも刺繍してもらいたいくらいだよ」
マルタは本気で言っている様だった。子供の衣服を手に取り、裾に入れられたりんごと鳥の刺繍をまじまじと見てほうとため息をついた。それを見て、マルタに着いてきた男の子が、焦れったそうに母親の衣服を引っ張る。
「おかーさん」
「ああ、はいはい、ちょいとお待ちなさいな。お嬢ちゃん、申し訳ないんだけど頼まれてくれるかい?」
「はい、私にできることであれば」
快く返事をすると、マルタがズイと男の子の背中を押してレティリエの前に立たせた。
「ほらノイン、自分で言いな」
ノインと呼ばれた男の子は恥ずかしそうにもじもじしていたが、レティリエが「なぁに?」と促すと、意を決したようにレティリエを見上げた。
「あの……! おじいちゃんが言っていたジャムってやつを作ってください!」
一息に言うと、恥ずかしかったのかパッと母親の後ろに隠れてしまった。それを見てマルタが苦笑する。
「あんたが昔じいさんに作ってくれたジャムが食べたいってせがむのさ。必要な物はこっちで用意するから、悪いけど作ってやってくれるかい?」
「ええ、もちろん喜んで」
なんとも可愛らしいお願いだ。レティリエは微笑んだ。
「ああ良かった、ありがとうお嬢ちゃん。厨房を使うだろ? 案内するよ」
マルタはそう言うと、レティリエを連れて工房から出ていった。




