第15話 ドワーフの集落
二人はドワーフ達に連れられて洞穴を出た。外に広がる森は朝露に濡れ、沸き立つような緑の匂いに包まれてキラキラと光っていた。恐怖と共に走り抜けた場所と同じとは思えない程に美しかった。
小一時間程歩いていると、やがてドワーフ達の匂いが濃くなり、金属を打つ音が聞こえてきた。歩を先に進めると、見覚えのある景色が見えてきた。先導を切っていた若いドワーフが手を振ってレティリエを呼ぶ。ドワーフの元に駆け寄ると、そこはレティリエが落下した崖だった。
若いドワーフは崖の下を指差す。
「この下が俺達の集落だよ。見て、皆もう朝の作業をしてる」
崖から身を乗り出して下を覗きこむと、沢山のドワーフ達が採掘作業をしているのが見えた。
つるはしを振り下ろして山肌を削っている者、砂を選別している者、採掘した岩を洞穴の中へ運び込む者など、皆忙しそうに歩き回っている。
「あそこへ行くにはこっちの道から下っていくんだけど」
と言いながら若いドワーフが左側を指差す。道が木々に囲まれていてわかりにくいが、今いる場所からゆるやかな坂になっているようだ。
「お姉さんはここから落ちたんだね。ちょうど砂金を集めて置いてある場所に落ちたから運が良かったよ。下手したら死んでた」
「ええ、そうね。今生きてることを神様に感謝しなくてはいけないわね……」
レティリエはもう一度崖の下を覗きこんで身震いした。
崖の高さはおよそ十メートル程。斜面は下に行くに連れてゆるやかな勾配を描いており、その為に落下のスピードが殺されたからか擦り傷程度で済んだのだが、一歩間違っていたら大怪我どころでは済まなかったかもしれなかった。
坂道を下っていくと、やがて地上が近くなり、ドワーフの気配を感じるより先に集落の様子が目に飛び込んできた。色とりどりの鉱石の山の中を沢山のドワーフ達が忙しそうに歩き回っている。
「ほらどいたどいた! 危ないよ……あら?」
鉱石を山と積んだ荷車を押しながらやってきた恰幅の良い女のドワーフが、レティリエを見て驚きの声をあげた。
「あんた、この前の狼の女の子じゃないか。仲間の狼はどうしたんだい?」
「ほっほっ。マルタよ、その者はほれ、この通り元気になったぞ」
長老はグレイルを指差し、グレイルはペコリと頭を下げた。
「へえ……あんた、良い体してるじゃないの。元気になったんならうちの手伝いでもしてもらおうかね」
グレイルの体を眺めながら嬉しそうに言う中年のドワーフに、「これマルタ、まだ完全には治りきっておらんわい」と、医者が呆れたように注意する。それを見てグレイルは少し微笑み、礼儀正しく頭を下げた。
「いや、体が万全になりましたらぜひ私にも協力させてください」
「聞いたかい? あんたいいやつだねえ。おや、よく見ると顔もなかなかに色男じゃないの。ふ~ん仲間ねぇ……お嬢ちゃん大人しそうに見えて意外と隅に置けないね」
マルタと言う中年のドワーフが感嘆した様にグレイルを見、後半はレティリエをニヤリと眺めながら言った。
レティリエは顔を真っ赤にしてブンブンと首を左右に振る。マルタは「なんだそうなのかい」と言ってちょっと面白くなさそうな顔をしたが、ちょいちょいと手を振る長老に気づき、彼の元に歩み寄った。
長老はレティリエ達に向き直るとマルタを指差した。
「狼のお二人さんよ、マルタはワシの娘じゃ。これマルタ、この者達はまだ療養が必要なのじゃ。すぐに岩穴の中を案内しておくれ」
「おっとそういうことかい。それじゃあ着いてきな」
長老がマルタに話をふると、快活なドワーフの女は合点したように頷き、側の岩穴を指差した。
レティリエとグレイルは長老達と分かれ、マルタと共に岩穴に入っていった。
岩穴の中は広く、高い天井に松明が点々と灯されている。不思議なことに、中に入れば入るほど周りが明るくなっていき、大勢の人達が話す賑やかな声が聞こえてきた。
「さぁ、ここだよ。ドワーフの集落へようこそ」
先を歩いていたマルタが振り返り、前方へ腕を掲げた。
「わぁ……!!」
「なるほど、これはすごいな……」
目の前の光景を見て、レティリエとグレイルは感嘆の声をあげた。
岩穴の奥は巨大な地下集落が形成されていた。
岩穴の最深部、つまり集落の入り口に当たる場所が天井部になっており、そこから吹き抜けの様に下に向かって空間がのびていた。上から覗きこむと、遥か下の方に製鉄の為の炉がいくつも並び、小さい人影が動き回っているのが見えた。
レティリエ達がいる場所から柵のついた通路が螺旋を描きながら下までのびており、通路の壁に規則正しく並んだ穴がいくつも空いていた。
マルタに連れられて通路を辿ると、その穴はドワーフ達の住みかであることがわかった。無数の穴から忙しなくドワーフが出入りしており、時には子供のドワーフがひょっこり顔を覗かせて見知らぬ二人の狼をまじまじと見ている。どの穴も扉が開け放されており、住まいと言うよりかは、巨大な建物の一部屋と言った方が良いだろう。
通りすぎる時に中がチラと見えたが、どの家も簡単な寝床と食事用の机があるくらいの簡素な造りだった。
「さ、あんた達の部屋はここだよ」
マルタが案内してくれた場所は、最深部に程近い通路にある穴のひとつだった。
穴の中は、他の部屋と同じように簡素な寝床と机と明かりがあるのみだ。マルタは中に入り、寝床に敷いている敷布を手で整えてくれた。
「すまないねえ、他の場所は空いてなくて……ちょいと狭いけど勘弁しとくれよ」
「いいえ、とても素敵なお部屋ですよ。ありがとうございます」
申し訳なさそうに言うマルタに、レティリエは微笑みながら言った。
嘘ではない。地下の最深部に近いこの部屋からは、大勢のドワーフ達が働いている様子がよく見えるのだ。上から覗いた時には小さく見えた製鉄炉は間近で見るとレティリエ達より遥かに大きく、ドロドロに溶けた真っ赤な鉄が蛇のように蠢いている。
別の場所では女のドワーフ達が集まってパンを焼いており、その周りを子供達が遊び回っていた。
今まで暗闇に二人だけでいたレティリエ達にとって、平和な日常を感じられるこの場所は恐怖に凍りついた心を癒してくれた。
マルタはレティリエの言葉を聞いて安堵の表情を浮かべると、また来るよと言って部屋を出ていった。
「やっと人心地つけるな。レティリエのお陰だ。ドワーフ達にも感謝しないとな」
グレイルは笑ってそう言うと、寝台の上に大の字になった。寝台は思っていたよりも大きく、大柄なグレイルの体もすっぽりと収まってしまう程だ。
レティリエもそうね、と相槌を打って寝台に腰をおろす。鳥の羽でも入っているのか、ふかふかとした寝台はレティリエの重みで柔らかく沈みこんだ。
ふと横を見ると、部屋の隅に置かれた小さな机の上に花瓶が置いてあるのが見えた。可憐に咲いた一輪の白い花が、カンテラの灯りに反射して煌めいている。だが、レティリエが気になったのは花ではなく花瓶の方だった。
寝台から下り、近寄ってよく見てみる。遠目ではわからなかったが、それは古ぼけた空き瓶の様だった。ラベル部分に少し不格好なヤマモモの絵が描いてある。レティリエはどこかで見たことがある様な気がして首を傾げた。
「ゆっくりできそうかね」
後ろから声がして振り向くと、長老がにこやかに立っていた。
「はい、お陰さまで。見知らぬ私達に親切にしてくださって本当にありがとうございます」
「よいよい。これでやっとワシも恩返しができるわい」
ペコリと頭を下げる二人に、老人は意味深なことを言うと、机の側に歩みより、花瓶に挿してある花をちょんとつついた。
「あの……その花瓶は……」
「おおこれはのぉ、とある子供のドワーフが道に迷った時に、森で出会った白銀の女神様がくれた瓶じゃよ」
レティリエは長老の言葉を聞いてハッとした。もしかして……と呟くと、老人は優しく微笑んだ。
「ワシじゃよ、狼のお嬢さん」
「ええっ!」
レティリエは驚いて瞬きした。あの時の子供がどこかにいるのかもしれないとは思ったが、まさかこの老人が当人だったとは。
「ドワーフは年を取るのが早いんじゃ。その銀色の毛並み。お前さんがここに来た時に、一目であの時のお嬢さんだとわかった。お嬢さんが困っていると聞き、これはお助けせねばと思ったのじゃ」
そう言うと、老人は少しいたずらっぽそうにレティリエに目配せをした。
「それに、お主はワシの初恋だったからのう……死んだばあさんには内緒じゃ」
「まあ!」
レティリエはくすぐったい気持ちになってクスクス笑った。こんなに温かい気持ちになったのは久しぶりだった。
その日は二人とも幸せな気持ちで寝台に倒れこんだ。同じベッドで寝るなんて、まるで夫婦みたいだとレティリエは一瞬恥ずかしくも思ったが、それよりも体の悲鳴に素直に応えることを選んだ。それほどまでに二人は疲れきっていた。
夜もあくせく働くドワーフ達の騒がしい声と鍛工の音と共に、二人は眠りについた。




