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白銀の狼  作者: 結月 花
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第10話 布石

 山小屋でまた朝を迎えた。男は檻へ近づくと、パンといくつかの果物をそれぞれの檻へ放り込んだ。売る前に死なれては困るというだけの簡素な食事だった。

 人間が家畜に餌をやるような侮辱的な振る舞いに怒りを隠しきれないグレイルを目で制し、レティリエは食事に口をつける。仲間の人間達は三日後に戻ると言っていた。戻るのは朝なのか夕方なのか具体的な時間帯は不明だが、これ以上人間が増えてしまえば脱出は不可能だろう。逃げ出すならば、今夜しかない。

 レティリエはちらりと男を見た。昨日から何も食べていないにも関わらず食事に一切手をつけようとしないグレイルと比べると、自分は今従順で扱いやすい狼に見えているに違いなかった。

 まずは少しでもこの男から情報を引き出す。


「あの……私達はこのあとどうなるんでしょうか?」


 怯えたフリを装って、こわごわ尋ねる。レティリエのしおらしい態度に気をよくしたのか、男は話に乗ってきた。


「雄の方は闘技場に売り飛ばす。お前は見た目が良いからどこかの金持ちに売られるんじゃねぇのか?」

「お金持ちに売られてそのあとはどうなるのでしょうか」

「あぁ? 知らねぇよ。雄なら番犬にしたりするらしいが、まぁお前は愛玩動物がいいとこだろうな。本来観賞用としてはエルフや人魚がよく売れるんだが、お前はそのあたりに匹敵するくらいの価値がありそうだ」

「愛玩動物……」


 レティリエは嫌悪感と共に呟いた。人狼だけではなく、人魚やエルフも人間達と容姿にそれほど差異は無い。にも関わらず、種族が違うと言うだけでこうも簡単に支配下に置けるものなのかと、レティリエはその身勝手な考え方に恐れを抱いた。


「愛玩動物ってのはな、ご主人様に可愛がってもらう代わりに、色々と奉仕するんだよ。尻尾をふって媚びたり、芸を覚えたり、あとは……」


 愛玩動物の意味がわからなかったと思ったのか、男が意気揚々と説明する。話をしながらレティリエの姿を見ると、薄く笑った。


「まぁご主人様によって楽しみ方はあるさ、色々とな」


 レティリエは不快感と共に男から目を逸らした。グレイルも鋭い眼光で男を睨み付けている。だが、今の男との会話で、彼の想像していることがわかった。そして、自分が人間達にとってどれ程の価値があるのかも。

 レティリエは大股で去っていく男の姿を睨み付けながら機会が来るのをじっと待った。



 昼頃にまた檻の扉が開き、外に出された。本当はこのまま力付くで鍵を取りに行くことができたら、という考えが一瞬脳裏をよぎったが、腰に荒縄が巻かれている限り力でねじ伏せられて終わりだろう。狼の身体能力は人間よりも高いが、力での争いになれば男と女では勝ち目が無い。

 男は例のごとく、小屋の外の小川へレティリエを連れていった。


「さぁ今日も水浴びをしろ」


 にやにやと笑いながら男は川を指差した。レティリエは深呼吸をして緊張に怯える心臓を押さえつける。

 仕掛けるならば今だ。

 レティリエは意を決すると、昨日と同じように水の中に入った。



 男はその様子を劣情と共に眺めていた。今目の前にいる雌の狼は、たぐいまれなる美貌の持ち主だ。狼の耳と尻尾はついているが、その美しさと艶かしさは人間の女と比べても遜色ない。

 陶器のように白い肌と、ほっそりした柳腰、そして長いまつげに彩られた大きな金色の目は人間の女とはまた違った色気がある。

 極めつけは輝くような銀色の髪の毛だ。人狼という種族がいることは知っていたが、大抵は黒や灰色、赤茶の毛並みを持つ狼ばかりだったと記憶している。このような銀色の毛並みは今まで見たことも聞いたこともない。

 雌狼に視線をうつすと、腰まであるふわふわの長い髪の毛が朝陽に輝いてキラキラと波打った。


(家に帰ってこんなに美しいペットが出迎えてくれたらさぞかし気持ちがいいだろうよ)


 雌狼の後姿を見ながらぼんやりと思う。

 すると、突如前にいる雌狼がくるりとこちらを振り返った。


「あの……今日は水浴びをするにはとても寒いのですが……」


 見ると雌狼の体が小刻みに震えていた。両手を胸の前で握りしめ、頬を赤らめながらこちらを見上げる。その顔が妙に艶めかしく見えた。


(はあ……こいつをどうにかできる奴が羨ましいぜ)


 男は心の中でため息をついた。白くきめ細かい柔肌やさくらんぼ色のふっくらした唇を自分のものにする想像をし、指一本触れられない己の立場の弱さに苛立ちを覚える。まったくもって世の中は不公平だ。


「ふん、まぁ風邪でも引かれたら俺が怒られるからな。好きにしろ」


 思えば体を綺麗にしておけという指示も、その先の金持ちに美しく買われる為だけの目的であり、結局自分には関係ないことなのだ。情欲をつのらせた所でそれが叶うことはない。

 そう思うと途端に馬鹿らしくなり、男はレティリエに背を向けた。しかし、雌狼は小川の中から出ようとせず、何か言いにくそうにもじもじとしている。


「あの……でも、やっぱり汚れが気になるところは洗いたいんです……私も女ですから。なので、その、手伝ってもらえますか?」


 そう言うと、雌狼は長い髪の毛をひとつにまとめ、男の方へ差し出してきた。

 言われた通り、黙って銀色の毛束を持って頭上へ掲げる。雌狼は川の側にある大きな岩の上へ座ると、衣服を着たまま体を洗い始めた。

 まずは屈んで足先から洗っていく。無防備に投げ出されたみずみずしい程の白い足が水に濡れて蠱惑的に光った。そのままふくらはぎ、太ももと手がのぼってくるに連れて、雌狼が、恥ずかしそうに顔を赤らめた。その表情を見て、一度は鎮められた肉欲がまた鎌首をもたげ始める。

 今この場で引き倒してやろうという考えが一瞬頭をよぎったが、ぐっと唇を真一文字にして耐える。やはりこの後に手にするであろう金の重みには変えられなかった。


(その代わり、こうやって嘗め回すように見てやろう。ここにいる間、じっくりと楽しませてもらうぜ)


 男は下卑た笑みを口元に湛えた。




 水浴びを終え、レティリエは大きく波打つ心臓を鎮めた。

 自ら体を差し出すのは一種の賭けだった。そのまま無理やり手篭めにされてもおかしくない。だが、やはり思った通り、金の誘惑には勝てなかったようだ。

 これでいい。脱出までの布石はうった。逃げ出すならば夜目が効く狼に優位な夜が最適だ。

 レティリエは檻に戻ると、じっと夜を待った。

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