バレット公爵邸
豪華絢爛な大きい建物。ただ、派手過ぎず上品な様相だ。細やかな手入れは十分にされており、壁の塗装まで目に眩しいほどの白を保っている。
目が痛くなりそうな程の白を彩るように緑の木々が左右対称に並び立ち、無駄な雑草は1つも生えていない。鮮やかなコントラストに目を細めた。
使用人達たちがこちらに気付き、頭を下げる。
見たところ女性が多いのだろうか。出迎えた使用人達は全員が女性だ。
初老の女性が柔らかく笑んだ。目尻に優しそうな笑い皺が寄る。恐らくメイド長なのだろう。
「お待ちしておりました
どうぞ中に」
言われるままに屋敷の中へと入った。
屋敷の中も外装と同様に白を基調とした装飾品が所々に並び、統一感のある上品さに驚く。
ギラギラと富を見せつけるような無駄なものはないというのに、一目見ただけで裕福で上品な家だと分かるのだ。
外見もさることながら、バレット家の使用人達が随分と丁寧に物を扱っていることが窺える。趣味も悪くないことに静かに安堵の息を吐いた。
公爵邸へ来るまでは大分偏ったイメージを思い浮かべては頭を抱えていたのだが。
伯爵邸を思い出す。
買った父でさえよく分かっていない高価な絵やら、他国では貴重らしい品やら、ドデカい宝石がジャラジャラと付いた装飾品やら、統一感がまるでない屋敷を、私は品性の欠片もないと思っていたのだ。
大抵の貴族は富や力を見せ付けたがるが、バレット公爵はどうやら違うらしい。
玄関ホールで立ち止まった私に、はにかんだメイド長が私とミランダを交互に見た。
「もうすぐ旦那様がいらっしゃいますので、応接間までご案内致します」
「あ…ありがとうございます」
見とれていた事実を隠すように慌てて頭を下げるとクスクスと笑われ、えも言われぬ気持ちになる。屋敷に目を輝かせる令嬢など珍しいのだろう。
応接間まで移動しながら、頬を赤らめ興奮したようなミランダに耳打ちする。
「ウチの屋敷とはやっぱり違うわね」
「っ!そ、そんな事ないですよ!
伯爵邸も十分素敵です!」
「これからはこの素敵なお屋敷で働けるみたいよ?」
「……最高です…」
簡単に陥落したミランダに肩を竦めた。彼女は年齢相応に綺麗で素敵な物には弱い。
―――
「おまたせ」
この場の誰の声でもないテノールの声音に、私は先程までの少し浮ついた心が沈んでいくのを感じながら振り返った。
整った顔立ちに軽く流した前髪がサラリと揺れる。
先日とは違い、随分ラフな服装だ。自宅なのだから当たり前だが。
応接間に入ってきたアシュレーが向かいのソファーに座る。そこで初めて返事をした。
「どうも」
部屋の端で立っていたミランダが、感動したように口元に手を当て私とアシュレーを見比べる。
「あら、今日は随分大人しいわね」
「いつも通りですよ」
「あの日だけ機嫌が悪かったのかしら?」
「史上最悪の事態でしたから」
クツ、と笑う彼を睨み付けた。
先程の感動は何処へやら、ミランダが目を白黒とさせている。それはそうだろう。
何せ男の整った薄い唇から、女性特有の言葉遣いが溢れ落ちるのだ。
「…前会った時と雰囲気が違うわね」
「…!」
私よりも先にミランダがその言葉に反応する。それに気付いたアシュレーがミランダに問い掛けた。
「貴女がこの服を?」
「はい!…は?…え…っと、はい…」
「大人っぽくて素敵じゃない」
「…ですよね…」
可愛くさせると意気込んだ手前、いつも通りの服装に関して指摘されるとは思わなかったらしい。可哀想に。撃沈したミランダにアシュレーが不思議そうに僅かに片眉を上げた。
1度会っただけの他人が、念入りに美容に力を入れたその変化に気付くわけもなければ、黒の服を好んできてることなど知っているはずがない。
この屋敷に来るまでに相当力を入れてきたミランダを思い出す。「これでイチコロです!」と自信満々に言っていた姿が脳裏に蘇った。
「何よ」
「すみません、お気になさらず…」
最早半泣きながら、乾いた笑みを浮かべたミランダに遂に吹き出した。
呆気に取られた顔で見つめるアシュレーなどお構い無しに、口元を隠しながら笑う。
「だからっ…!言った、じゃない!」
笑い声の合間に指摘してやれば、ミランダは顔を赤くして「笑わないでくださいよ」と手を頬に当てた。余程恥ずかしかったらしく、ミランダが口をもごつかせる。
沈黙していたメイド長が柔らかく笑んだ。
「旦那様はまだまだ乙女心が分かっていない故、許してあげてくださいな」
「違うんです…!」
「ちょっと?サラ、失礼ね」
「本当のことでしょう?」
混沌とした様子に、私はまた笑ってしまった。