誤解
「ソーニャ様、大丈夫ですか…?」
「大丈夫に見える?これが!」
勢いよく吠えた所で、既に渦中の人物は帰路についている。そのお陰でミランダが私の元へやってきたのだ。少しばかりの可愛い小物が飾られている、私の部屋に私の従者。
これほど落ち着くものはないだろう。
「でもまさか、お嬢様が婚約を受けるなんて…」
その言葉に体を揺らした。
そうなのだ。
両親と合流してすぐにアシュレーは「婚約致します」と薄く笑みを浮かべた。
それはもう驚いた。私だけでなく両家の両親もだ。
先程まで能面の置物として存在していただけの彼が、今やにこやかに結婚を承諾するなど驚かないわけがない。
絶句する私をそっちのけでその場にいる両親たちはすぐに婚姻届を書き始め、あれよという間に早馬を走らせたのだ。
婚姻を渋っていた2人がようやく承諾したのだから、気が変わる前にと急ぐのも仕方ないのだろう。私は1つも承諾していないが。
チラ、と様子を伺うミランダに溜息を吐いて、机に頭を擦り付ける。
陰鬱な様相で彼女を諌めた。
「私はまだ認めてないわよ…」
「お2人で話はされたのでしょう?」
「嫌々だけどね」
私が彼に陥落したとでも?ありえない。
心底心外だと顔を歪めれば元々の困り眉を更に下げた彼女は、十分に蒸らした茶葉にお湯を注ぎ入れた。
「パートナーとして認めあったのかと思いました」
「パートナーね……その相手なら、まあ、そうね…」
濁った瞳と同様に言葉を濁す。政略結婚なんてそんなものなのだろう。結婚相手やら夫という単語よりもパートナーとしてであれば、彼以上に条件の見合う男は片手でも数え切れるかも知れない。
ある程度見目もよく公爵という階級、それから男として私への要求はないのだから。
「お嬢様、じゃなくて――奥様になるのですね」
「やめてよ、こわい
パートナーとしてならっていうだけよ」
奥様という耳慣れない単語に背筋が粟立つ。冗談じゃない。慌てて語気を強めたところで、純真な彼女には素直じゃないいじらしい娘に映っているのだろうか。
「話も出来たようですし、今までの男性とは違うのですね」
「違う…まあ確かに今までの男性とは違ったわ」
そういった類のものに疎い主の恋愛話だと頬を染めてクスクスと笑う彼女に苦く笑う。
あの男の姿を思い出しただけで頭痛がするというのに。
慣れた手つきで紅茶とミルクを置いたミランダは人懐こく笑った。
「公爵家に行くまでにうんと可愛く致しますね」
「…無駄だと思うけど、」
「まあ!お嬢様は素質が良いのですから、公爵様も驚きになりますよ!」
見当違いに気合いを入れ始めるミランダに、どう説明しようと無意味らしい。
脱力しながら、近くにあったクマのぬいぐるみを引き寄せて顎を乗せた。