性別不明
「…」
「…」
お気に入りの庭園。お気に入りの机と椅子。そして―――なんだこれ。
先程まで無感情で目前に座っていた美形は、足を組み背もたれに体を預けている。
随分と尊大な(というよりも、なるようになれという半ば諦めの混じる)態度で、吹っ切れたようにも見えた。
彼の乱れた髪が春風に揺られ、深い紫に色を変える。黄、薄紫、青の様々な花々と共に揺れる濃い紫が、庭園の中で異質さと共に調和し、この場によく映えていることに気付く。
先程まで寒気さえ伴っていた風の暖かさを体の中に入れようと息を吸う。ミモザの甘やかな匂いが心を落ち着かせた。
うん、距離を取ったことで随分と不快感は消えている。先程の不快感が余りにも酷すぎて、感覚が麻痺したのかもしれない。
彼を盗みみれば、口を1文字に引き結び、腕を組んだまま動く気配はなかった。ツ、と背に汗が流れる。
互いに口を開かないこの場の雰囲気はやはり最悪だ。
ただ取り乱し、突き飛ばし、彼の秘密を暴いてしまった手前、無言を貫き通す程心根は強くなかった。
意を決して口を開く。
「あの…すみません、ホントに」
「……なによ急に
しおらしい」
不審げに私を見た彼女―――否、彼は大きく溜息を吐いた。可憐な動きで揺れる髪を抑える仕草は女性を彷彿とさせる。言動だけ見れば立派な淑女だ。骨ばったやや無骨な指先には目を瞑ろう。
「心配して下さったのに、本気で突き飛ばしてしまってすみません」
「まさか突き飛ばされるとは思ってなかったわ」
「うっ…その、驚いてしまって…」
嫌味を含んだ物言いに身を縮こまらせる。だって仕方がないのだ。見目は男だったのだから。
まさか自分でもここまで拒否反応が出るとは思っていなかった。普段より男を避けていた弊害なのか、昔からこれ程ダメだったのかも分からないほど男を避けてきた自覚がある。
アシュレーの視線が突き刺さる。頭から足元までまじまじと眺められ、頬杖をついた。
「まあ良いわよ
許してあげる」
ふん、とわざとらしく鼻を鳴らしたアシュレーに、胸を撫で下ろす。
良かった。
流石に男だとて、親切を無碍にした罪悪感がある。世の中には悪くない男もいるらしい。いや、女、か?
性別をどう分類すべきか迷う私にフ、と笑んだ彼はにこやかに口を開いた。
「じゃあ、これからよろしくね」
「はい………、は?」
青ざめていく私にアシュレーが困惑の表情を浮かべた。
「何故?!」
「何故、って…
互いに都合がいいじゃない?」
「良くないですが?!」
全くもって理解が出来ない。アシュレーもまた同様の顔をしているのだから更に疑問は募る。
「え、だってアタシと結婚したら親からの圧からも解放されて、邪な目で見てくる輩は消えるのよ?
いい事づくめじゃない」
「邪…は知らないですけど、結婚したら貴方と24時間近くにいる訳ですよね?」
瞬時に見定めるような視線を送る。細身ではあるもののスラリとした長身に程よくついた筋肉は、お世辞にも女性らしいとは言い難い。
この男と同じ家で生活をする?
頭の中に走馬灯のように浮かび上がる未来の食事風景や寝室を想像して、最早顔面蒼白だ。一瞬でも想像してしまった未来に吐き気すら覚える。
「無理!絶対無理です!」
「でも普通の男よりはマシでしょ
男の面した女みたいなものよ」
「…男色という訳ではないのであれば同じようなものでしょう?」
「…少なくともアンタを邪な目で…ねぇ?」
散々な言われようだが、間違いではない。淡い色味のドレスは3つの首の辺りまで全て武装されている。暗に色気が無いと言いたいらしい。
少なくとも女の武器とも言えるたわわに実ったものもなければ、特段スタイルもさして良くない。
多少顔は整っている方ではあるものの(でなければ、男嫌いと噂されている令嬢の元に敢えて縁談を持ち込む男たちの気が知れない)、美人という訳でもない。
女の武器と呼ばれる特筆すべきものは1つも持ち合わせてはいないのだ。
アシュレーは例え男色の気があろうとなかろうと関係ない、と言いたげに手を軽く振った。
この男の真意が掴めない。言いくるめられまいと防戦一方なりに反論する。
「…貴方の得には一切なりませんが…?」
「あら、得にはならないなんて誰が決めたの?
アタシとしても体裁があるから妻が欲しかったの」
「アンタが適任よ」とウインクも付けて言う姿に、弱々しく「無理です」と呟くのが精一杯の反抗だった。