2人
「―――で、何かお話したいことでも?」
「……」
お気に入りの地にまた不純物が入ったと舌を打ちたい気分になる。
いつも穏やかな気持ちにさせる色鮮やかな庭園は父や母があまり来ない安息地だ。
男嫌いだと世間に大々的に知らしめたせいで家でさえ肩身の狭い私には、とっておきのお気に入りの場所。
そこに今2人でいる。
そう、2人なのだ。
―――
アシュレーの提案に、両家の親は目を輝かせた。ついに縁談がまとまると思ったのだろう。
両家のぬか喜びに僅かに嘲笑を浮かべたが、父の言葉にその笑みはすぐに消えた。
「ミランダはここに居なさい」
「何故ですか?」
「彼が2人でと言っているのだからな」
「そうね、2人で行ってきなさい
貴女のお気に入りの庭園なんてどう?」
「…」
「庭園へ行ってきなさい」
両親の言葉の圧に口を噤む。流石に他家の者がいる前で喧嘩事が出来るほど人間が出来ていない訳ではない。渋々と重たくなってしまった腰を上げる。
アシュレーが手を差し出した。初対面で面を貸せといった野蛮な令嬢にもエスコートをするあたり、彼の方が余程人間が出来ていると表情にはおくびも出さず感心する。
が、私はそこまで人間出来ていない。気付かないふりで「では」と両親たちにドレスの裾を持ち上げて見せてから、彼の方を振り返らずに歩を進める。
ミランダが心配そうな表情で私を見ている。今までの男たちへの行動を、隣で見てきたのだから心配なのだろう。安心させるように目を配り細めた。
―――
ミランダが居ない状況で男と2人きりという状況は記憶の限り片手で数える程しかない。
正直、不快感は最高潮まで達しかけている。嫌な汗がしとどに流れ、春先の暖かな気候の風に寒気を覚える程度には最悪の体調だ。
ただ、このまま無言で終わる訳にはいかなかった。縁談を破断させなければ、最悪の体調を永遠に味わうことになるのだ。
どう伝えるか思案する私の目前に、突如黒い物体が現れた。
「聞いてます?」
「ヒッ…!」
僅かに飛び退いた私に身を屈ませた彼がパチ、と目を瞬かせた。固まっている私に眉を寄せながら近付いてくる。
「汗凄いですよ
今日は暖かいですし、長袖では暑いでしょう」
テノールの声色が体を縛り付け、息が出来なくなりそうだ。気道が狭まりヒュ、と息が通る音が鳴る。そんな状況をものともせずゆったりと伸びてくる影は蛇のように蠢き、見る間に目前まで差し迫っている。
男の手が伸び、私の汗を―――。
「来ないでっ!」
指先が痺れたと同時にどさり、と乾いた音が響く。涙が滲んだ視界の先には、地面にへたり込んだ彼の姿が映りこんだ。
距離が離れたことに少し安堵の息を溢す。少しばかり余裕も戻ってきた。
突き飛ばされた拍子に乱れた髪が彼の顔を隠し、感情を読み取ることは出来ない。
痛いほどの沈黙が降りる。
彼は確かに私の心配をしていたというのに、恐怖によって無碍にしてしまった罪悪感が芽生えた。少なくとも害をなす気はなかった筈だ。
流石にと口を開きかけたが、彼の言葉にまた体は固まった。
「…っいったいわね
何すんのよ!」