顔合わせ
「いやまさかクロフォード家のご令嬢と縁談が出来るとはありがたいお話をいただきました」
「こちらこそありがたいお話です
まさかバレット家との縁談話など願ったりです」
父親同士の当たり障りのない会話に瞠目する。何がどうなってこんなことに、と小さく溜息を落とせば母に小突かれた。鋭い視線に慌てて背筋を伸ばす。
余程この縁談を逃したくないらしい。
今朝、母にこの縁談を逃せばもう嫁ぎ先が無いとまで言われ、怪しげな行動をしないか自室の中まで着いてきたのだ。
逃げ出さないか、変なことをしないかと目線でチクチクと釘を刺され、遂に服装にまで口を出し始めた母に従うしかなかった。
随分と過保護な母のお陰で、今日の服は年相応の柔らかな色味のドレスを身にまとっている。自分の中では最上級の煌びやかな装飾で武装した私に、ようやく母は柔らかい表情を見せた。
非常に不本意であるが、黒のドレスで武装して馳せ参じれば母の琴線に触れてしまう。
流石にそれは避けたい事態だった。クロフォード家の母が怒りを見せると本当に恐ろしいのだ。
母の黒いオーラを纏った姿を思い出し体を震えさせていると、縁談相手の父であるセルジオ・バレットは柔らかく笑った。
「ソーニャ嬢、うちの息子はいかがかな?」
「…あ、」
無意識の内に視界の外に追いやっていた縁談相手を見る。
軽く掻き上げられた柔らかそうな黒髪が窓から覗く陽の光によって僅かに紫色をまとっている。ゴールドブロンドのアーモンド型の瞳に、整った鼻筋。
ふむ、所謂美形と呼ばれる類の男だ。好みではないが。
素直な感想を頭に思い浮かべ、息を吸う。隣の母が再度小突いた。余計な事を言うなという牽制だ。全く母は私の事をよく分かっている。
薄ペらな笑みを張りつけて、出来る限り平静を保ったまま返事をした。
「えぇ、とても素敵な殿方ですね」
「どうも」
容姿について言われ慣れているのか、嬉しさは微塵も含まれていない。褒め損だ。つい悪態を吐きかけて慌てて口を噤む。
確かアシュレーという名前だっただろうか。
既に公爵家の当主としてお仕事をしているらしいが、女性の影が見えない当主に焦りを感じた両親が、縁談話をあちらこちらから持ってきては破談になっているらしい。
困ったようにセルジオがアシュレーを見て首を振った。
成程。
両家の顔合わせが始まってから今まで、無感情に両親の隣に座っていたせいで最早置物なのかと思っていたが。
比喩でもなんでもなく、本当に人形かと思うほど微動だにしていなかったのは、縁談自体彼も良しとしていなかったという訳だ。
人形ではなく生き物なのであれば、少なくとも縁談の場で取る態度ではない。
今までの縁談相手の中では話が通じそうだった。
どうにか縁談を破断させる方法を思案していた私とアシュレーを見比べ、セルジオは目を瞬かせ1つ頷いた。何を納得しているのか甚だ疑問である。
勿論その疑問はすぐに解消された。
「うちの息子は少し変わっておりましてな…
縁談もなかなかまとまらず困っていたのですが―――」
穏やかに言うセルジオの言外に混じる期待に、変な汗が滲んだ。
変わり者?困っていた、けど?
ようやく合点がいった。
家内の面倒を一纏めにして体裁を保とうとしているのだ。たまったものではない。
アシュレーに目線を送る。
少なくともこちらに好意を見せてこないこの男に、今のところそこまでの不快感は無い。敵の敵は味方と言うやつだ。2人で気が合いませんと口裏を合わせれば、互いにwin-winのはず。
私の目線に気づいた所で僅かに顎をしゃくった。「ツラを貸せ」と暗に仄めかせた不穏な仕草(かつ淑女とは思えない蛮行)に、彼が僅かに眉を寄せる。
だがそれは知ったこっちゃない。この公爵家の当主様に嫌われたところで、痒くもなければむしろ願ったりだ。
ジリジリと焼き付く水面下の戦いは、母直伝の視線殺しに根負けさせた私の勝ちだった。
コホンとわざとらしく咳を1つ溢した彼は、勿体ぶるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「…ソーニャ嬢と2人で話をしても良いでしょうか?」