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来客

今日も料理は好ましく、あっさりとした味付けに舌づつみを打つ。アシュレーの前だろうと完食できる程度には美味しい。


以前感謝を述べてから、少しご飯が豪勢になったと感じるのは恐らく気のせいではない。時折エミリーから好きな料理について聞かれ、伝えた翌日にはそれが出てくるのだ。多少は使用人たちとの仲も良好になり始めたのではないだろうか。


どこか誇らしげに食事をする私に、アシュレーは「今日は何をする予定かしら」と問い掛けた。


「特に用事はないです」

「何も用事が無いなら、部屋にいなさい

今日は来客があるから」

「…ご挨拶程度でしたら、時間作れますよ」

「今回はいらないわ」


ピシャリと言い切ったアシュレーに眉を顰める。


私がこの屋敷に来て初めての来客だというのに、挨拶はいらない?むしろ部屋に居ろ?


初めに取り決めた決まりとは全く違う言葉に、目を細めてアシュレーの思考を読み取ろうとしてみるも、当たり前に理解は出来なかった。


「こちらの問題だから気にしないで」

「…はあ、そうですか」


信用に値しないとでも言いたいのだろうか。来客が男なのか女なのか知らなければ興味もないが、隠すということは―――。


指を顎に当てて考え込む私に、アシュレーは肩を竦めながら首を振った。




部屋でのんびりと紅茶を啜る。今日は少し茶葉を変えたらしい。最近は連日茶会を継続しているからだろうか。さすがミランダだ。


内心で褒めたたえている私を他所に、ミランダは落ち着かない様子で部屋の中を彷徨いている。


おおよそ来客相手が誰なのか気になるのだろう。

私が辿り着いた考えを言うべきか迷うものの、断言出来るほどの証拠はない。黙っておこうと「本命」という言葉を紅茶と共に飲み込んだ。


婚約の日に言われた言葉を踏まえて考えてみれば、それが妥当だろう。体裁を保つと言っていた辺り、本命は身分の低い相手かも知れない。


親からの結婚の圧で仕方なしに結婚の相手を探すことになれば、真に好意を持たれては困る。恋愛感情を互いに持たない相手を探していたとすれば、私はアシュレーにとって十分に相応しい結婚相手だろう。


辻褄も合うとなればほぼ確定。もしや探偵の才があるかもしれないと1人頷き、自信ありげにウサギのぬいぐるみを撫でた。


部屋からは出れないが、誰にも邪魔されることのない穏やかな空間を突如裂いて割ったのはエミリーだった。


「奥様ァ!入れてください!」


扉の勢いよく開いた音にうさぎのぬいぐるみが跳ねとぶ。


「なっ!どうしました?!」


幾人かのメイドを後ろに連れて部屋の中に早足で無遠慮に入ってくるエミリーをミランダが慌てて押し留めた。


「いきなりお嬢様の部屋に入ってこないでください!」

「だって旦那様が『ソーニャの部屋へ避難しろ』って…!」

「ひ、避難…?」

「どうにも来客の方が少し癖のあるお方らしく、女性は控えろと」


あえて女性を下げるということは―――。


思案するように腕を組んで見せれば、エミリーが慌てて「すみません、奥様のところに駆け込んでしまい」と小さい声で謝った。それをヒラリと手首を動かし牽制する。


誰が悪いかと言えば、そう指示したアシュレーだ。彼女たちに非はない。


ホッと息をついた彼女の後ろにいる1人が涙を堪えていることに気付いた。右の頬だけが赤い。チラリと目線を寄越すと、そのメイドと目が合った。


恭しく礼を1つしてから雑に目元を拭い、「すみません」と萎縮した様子で目を逸らされる。


明らかに何か事が起こった後だと容易に分かる様子に、手を引いてメイドを椅子に座らせた。

彼女の目線に入るようしゃがみ込む。指先が冷たい。


「何かありました…?」


手を温めるように包み込み、ミランダに人数分の紅茶を用意してもらうよう顔を向ければ、既に準備をし始めている。


ミランダの気遣いに軽く頷いてメイドを見れば、言うか言わまいか、迷うように揺れて唇を噛み締めた。はらりと、涙が数粒私の手の甲に落ちる。


「…奥様の居場所を聞かれ、答えなかった私に…」


堰を切ったようにさめざめと泣き始めたそのメイドに、エミリーたちも喉に何かが引っかかったように言葉を詰まらせた。


酷いことを言われたのか、されたのか。目立つ朱を帯びた右頬に触れればびくりと体を揺らした。よく見れば手首もブレスレットのように赤い輪が浮かんでいる。


突然の事に動揺するのも、必死に抵抗しても動かない体に恐怖を抱くのも当たり前だ。


少なくとも初対面でするような行為ではない。

他人の屋敷で不敬を働く辺り、余りにもタチの悪い来客である。


フツフツと怒りが込み上げた。どいつもこいつも女やら地位が低いというだけで立場が下だと決めつけ、まるでモノのように扱う。


「…来客の方の名前を伺っても?」

「確か…」


その名を聞いた途端にミランダの顔色がサッと引いていく。拳を握りしめ、不安気に名前を呼ばれる。ミランダを落ち着かせるように、肩を叩いた。


「…ウォーウィックのご子息、」

「お知り合いですか?」

「まあ、多少」


自分より弱い立場の人間を非情に扱う奴等は大方把握済みだ。

何よりあの男とは因縁がある。


嫌な予感に頭を抑え、息を吐いた。


「とりあえず避難して正解でしたよ

あの男に関わるとろくな事がない…」

「ソーニャ!」


扉を乱暴に叩きながら私の名を呼ぶ耳慣れない声に、メイドたちが怯えを見せる。


ミランダが淡々と怒りを秘めた声色で「対応してきます」と、紅茶を机に置き扉へ向かった。


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