交流編 後
今日も晴天である。昨夜降った雨の雫が陽を反射し、庭園はいつもよりも艶やかな様相を見せている。
先日の茶会という名の女子会はあの日から毎日続いていた。
流石にメイド全員で、という訳にも行かずその時に手の空いているメイドがやってくる訳で。
つまりはほぼ毎日あまり話したことのないメイドと茶を交わしているのだ。
最初こそ茶会の度に緊張していたものの、マナーというマナーもない屋敷内で完結する茶会は予想外に心地よいものだった。
茶会の最初こそは誰もが私を変人で爵位に厳しい高慢な令嬢だと思って身構えるものの、蓋を開けてみればただの男嫌いで人との距離感が分からない普通の人間だ。
お開きになる頃には「意外でした」と裏のない笑顔で言われ、その後参加してくれたメイドがよく気にかけてくれるようになった。
今ではほとんどのメイドが一度は参加しており、以前よりも和気あいあいとした雰囲気で日常を満喫している。
今日もまた例に漏れず、3人で茶会を開いていた。ミランダと、最初の茶会に出席していたエミリーが遠慮なく茶菓子を食べながら紙を眺めている。
件の社交界への道と記された紙だ。
口に付いたカヌレの食べカスをペロと舐めながら、エミリーは紙を机の真ん中に置いた。
「そろそろ次の課題をクリアするのはいかがです?」
「今日こそはシェフに美味しいと伝えてみましょうよ」
2人の言葉に紅茶を飲みながら考える。サラに言われたように身内から慣れていく方が良いかもしれない。
そろそろ1歩を踏み出してみても良いのではと思うのだ。
「…突然行って驚かないかしら」
「お嬢様…!」
「大丈夫ですよぉ
奥様の話はもっぱら屋敷内で噂になってるんですから」
前向きな言葉にミランダが感極まっている様子も気にせず、エミリーは手をヒラヒラと揺らした。
噂?首を傾ければ一緒になってエミリーも首を傾ける。
「お嬢様が連日茶会を開いてメイドたちと仲良くしてるっていう噂ですよ」
「仲良く…なってるのかしら」
「あら?私もう常連ですのに」
大袈裟に泣くような仕草で言うのだからつい吹き出してしまう。ミランダに少し似ている人懐こい雰囲気には弱い。
「ごめんなさい
すごく仲良しだったわ」
「お嬢様、ご立派になって…」
遂に涙を滲ませ始めたミランダにハンカチを手渡せば、目尻を叩き口元を隠して鼻をすする。
流石にそこまで、とは思うものの感情の起伏が豊かなのは昔からだ。特に突っ込みもせずにスタンドからマカロンを1つ摘む。
2人の様子を眺めていたエミリーが呆れたように呟いた。
「奥様が社交界デビューした暁には、ミランダ号泣しそうね」
「だって、お嬢様とは産まれてからずっと一緒だったんですよぉ
あれ程男性に近寄らないようにしていたソーニャ様がと思うと感極まって…」
「…そんなに凄かったんだ」
詳細が気になるものの触れていいものかという顔を浮かべたメアリーが、その感情を紅茶と共に流し入れる。
聞かれれば答えるつもりだったが、さして面白くも何ともない話をわざわざするのも変だ。
気づかなかった振りで私も紅茶を嗜んだ。
「とりあえず、私達がいる間に行ってみましょうよ」
「…そうね、1人よりは…」
マシという言葉を飲み込んで立ち上がれば暖かな風が吹き、髪が舞い踊った。
―――
扉を恐る恐る開ければ、火を扱っているせいか熱を持った肌心地の悪い空気が私の頬を撫でた。食べ物と同時にむさ苦しい男性の臭いについ呻き声を洩らす。
音に気づいた料理人たちが振り返り野太い悲鳴を上げた。
幽霊でも見たかのように目を見開き、手を止める様が伝染していく。
先日のメイドたちの高慢な令嬢という言葉が脳裏に過り、苦く笑う。つられるように乾いた笑い声をあげた料理人たちに溜息を吐きたくなった。
ジロジロと不躾にこちらを見る視線は不快だったが、距離が空いている影響か気にしない振りは出来るほどのものだ。アシュレーとご飯を共にしているお陰で少し耐性もついたらしい。
恐怖や軽蔑の混じる視線だと感じるのは気のせいだろうか。高慢な令嬢という噂があるように、きっと気のせいではないのだろうが。自分のせいだとは理解しているが、こうも顕著に距離を置かれるとやはりショックだ。
地位だの名誉だの、しょうもないことに過敏な両親たちのようになりたくないと思っているが、同じように捉えられているのは例え相手が男だろうと非常に嘆かわしい。
前回の何も知らなかった自分とは違う。出来る限りの好意を込めた笑顔を貼り付ければ、口角がひくついた。
「…ごきげんよう、」
「ど、どうも…」
帽子を脱いだ男が恐る恐る前に出てくる。恐らく料理長だろう。
腕を前に組み、かしこまった様子で頭を上げた。
「何か不手際がございましたか…?」
「ち、違います!
頭を上げてください」
「…」
私の大声にビクリと体を揺らし、困ったような表情で私の顔色を伺う料理長に「ありがとうございます」と頭を下げた。
「なっ、え…奥様?!
頭をお上げ下さい!」
ゆっくりと顔を上げると、戸惑いと疑問を張りつけた料理人たちの顔がこちらを向いている。
「その、いつも本当に美味しくて感謝を伝えたいと思ったんです」
「あ、えっ…と、恐縮です」
困惑しきった料理長が頭を掻いた。視線が左右に揺れ動き、意味の無い音を口から吐き出し始める。
全く関わりのない私が急に現れ、突然礼を述べるなんて確かに挙動不審になるのも致し方ない。
それに私としてもそろそろ限界に近かった。熱気と臭いに卒倒でもしたい程だ。
踵を返し、「夕飯も楽しみにしてます」とだけ言い残して逃げた。