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日暮れ

「いや、凄いですね」

「ホントに…」


思った以上に積み上がった荷物に流石に苦笑する。

行く先々で声を掛けられ、最近ここに来たばかりだと言えば、これは美味いぞこれは珍しいぞと、あれやこれや積み上げられた。


お金を払ってもないのに受け取れないと言ったところでこの地の人たちは聞く耳を持たず、言葉数の多さに言いくるめられた。


初めの方は律儀に座って食べては進み、貰っては食べ、貰っては遊びとしていたが、流石にお腹も膨れ遊ぶのも億劫になってしまったのが敗因だろうか。

それとも断りきれなかったせいだろうか?


ともかく馬2頭では、この荷物を背負って帰るのは随分と時間がかかりそうだ。馬にお土産を買おうと思っていたのに、お土産なんて可愛らしい物ではなくなった。


ミランダと共に顔を見合わせ、さてどうするかと視線で会話する。そろそろ帰路につかねば、館に着く頃には日も暮れてしまうだろう。


「こりゃまた随分な山が出来てるな」


振り向けば、先陣を切って私達に1口サイズの揚げたパンをくれた店主が立っていた。

砂糖の甘やかな匂いとは裏腹な厳つい顔のおじさんだ。心底楽しそうに肩を震わせて笑う姿に、ついミランダの後ろに隠れた。


私のあからさまな態度にも髭を1つ撫で、肩を竦める。


「まだ警戒されてるなぁ」

「あはは…恥ずかしがり屋で…」

「兄ちゃんたち、まだ帰らねぇのか

そろそろ暗くなるぞ?」

「そうなんです、けど…」


店主の言葉に揃って頷く私達の格好とお土産の山を見て、耐えられないと豪快で快活な笑い声をあげた。理解したらしい。


「確かに馬には乗り切らんな」

「まさかこんな事になるとは思わず困ってて」

「家、どの辺りだ?」

「!」


2人で顔を見合わせる。厳つい顔とは裏腹に優しいことは既に知っているのだ。

だがしかし、と迷うミランダに私は小さく頷いた。少し震える指で家路を指さす。


「あ、っちの方…なんですけど、」


私の言葉に店主が僅かに目を開いて、そのまま指先を見る。

家路を辿った隙に手ごとミランダの後ろに隠れた。


「あっち…だともしかして領主様んとこの人間か?」

「地理、お詳しいですね」

「ここは商売は盛んだが、栄えてるところ以外は田舎だからな

大体の人間は格好なり場所なりで分かるさ

俺の家もあっちの方だからよ、荷物は俺の馬車に乗せて運んでやる」


その提案に甘んじていいかと顔を見合わせると、店主は声を潜めて言った。


「その代わりと言っちゃなんだが、俺の事当主様には上手く言ってくれな?」

「…当主様が視察の際は公爵邸に仕える人数分の揚げパン買ってもらいますね」

「助かるなぁ」


冗談混じりの笑い声に絆され、私はくつくつと一緒に声を潜めて言った。


―――


「しかし兄ちゃんら、ウチの息子より若いってのにしっかりしてんな」

「そんな事ないですよ」


店主は随分と話好きらしい。


陽も暮れ始め馬の細い影がボンヤリとしか見えなくなった頃には、ミランダも私も店主とカラカラと笑いながらのんびりと帰路を辿っていた。


冗談も交えながら話す店主の話は中々興味深く、やれ妻の尻に敷かれているやら、やれ息子が大きくなった今は周りの子どもたちがどうしても可愛く見えるやら。


どこの領民もそういった世間話というものはあるのだろうが、何せ厳格なクロフォード家の(形ばかりではあるが)令嬢だ。一般的な生活というものが話を聞くだけでも面白いことを初めて知った。


世間知らずな私は随分と聞き入ってしまい、屋敷の近くまで来ていることにも気付かない程だった。


「コリンズさん…?」


少しばかり聞きなれた声色が耳に入り、ミランダがしまったと苦い顔を見せる。


馬車を準備していたアシュレーが、訝しげな表情を浮かべながら店主の名を呼んだ。手には手綱を持っている。どこかへ向かう用事でもあったのだろうか?


何の意図があって馬車を用意しているのか、僅かに頭を傾ける。昨日会話した時に言われなかった辺り、急な用事なのかも知れない。


もしそうであれば嫌なタイミングで遭遇した、と小さく吐いた溜息はコリンズのガラついた声によって掻き消えた。


「よぉ、アシュレーさん今日も男前だな」

「ありがとうございます

ところでどうしてこちらに?」

「アシュレーさんとこの新入りが可愛がられて困ってたから助けてやったんだよ」

「…新入り…?」


馬に跨ったミランダと私を驚いたように2度見た。信じられないと、口を何度か開閉させた間抜け面に目を逸らす。

何せ公爵の妻とその従者が男性の格好で馬に跨り、街の人から気安く新入りなどと呼ばれているのだ。

驚かない訳もない。


居心地の悪い妙な空気に、コリンズが先程よりも大きな声を上げた。


「なんだァ?

最近雇われた兄ちゃんたちの顔忘れたのか?」

「…いや、確かに最近ウチに来た者です…」

「微妙な反応だな」


乾いた笑みを張りつけたアシュレーの後ろに恐ろしい冷気が見えた気がして口角がひくつく。


「まあとりあえず、2人とも馬はサラに預けて家に入りなさい」


大義名分を得たとばかりに急いでその場を後にした。

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