素敵な庭園と爆弾
「ソーニャ!」
怒号にも近い大声が広い庭園に響き渡った。声に驚いたように鮮やかな色合いの花々が揺れる。
付き人であるミランダも驚く花につられるように体を強ばらせた後、声の主の方を向き慌てて頭を下げた。
ミランダの横を通り過ぎた声の主は、目尻を吊り上げながら机に手を付き、再度「ソーニャ」と名を呼ぶ。
深い眉の皺を眺めながら、ティーカップに注がれた紅茶を1口飲み込んだ。
やはりミランダの淹れる紅茶は絶品である。
例え目前の男の見苦しい眉の皺を数えても、変わらない風味に柔らかく笑む。
ソーニャの笑みに不機嫌をさらけ出して渋い顔を見せた声の主に、ようやく声を掛けた。
「どうしました、お父様」
「どうしたもこうしたもないだろう
先日の見合いはどうした?」
見合い?
目を瞬かせれば、クロフォード伯爵家の当主である父は眉間に手を当て頭を振った。穏やかな庭園には相応しくないほどの怒気を溜息に織り交ぜて吐き出している。
今にも怒りだしそうな雰囲気に、ミランダが狼狽えるように父と私を見比べた。
剣呑な雰囲気の中、隠れてしまった眉間を眺める。
そういえば確かに先日見慣れない男が家にやって来て気安く話しかけてきた事を思い出した。
自己紹介をされ(顔も名前も覚えていない)、当たり前のように庭園での午後のひと時を共に過ごし(一緒に過ごそうと可否もなく居座られた)、数刻後には背を丸めて帰って行った男だ。
あれが見合いだと言えるだろうか。否、理不尽な程の一方的な好意の押し付けだ。
そんなもの願い下げである。
何処吹く風と言いたげにまたもや優雅に紅茶を口に含めば、咎めるように睨み付けてくる父に、ついに紅茶を置いた。
「あぁ、アレ…」
「アレとはなんだ!
彼は侯爵家のご子息様だぞ!
その御方を邪険に扱って…」
「はぁ…いつの間にか居なくなってたので、気にも留めておりませんでした」
父の言葉を遮った無感情の言葉に、父が大きく息を吐いた。
「…また会話すらしなかったと?」
「いえ、ミランダと3人で話はしましたよ」
ミランダを一瞥し片眉を上げながら席に着く父に、ミランダが気まずそうにティーカップを用意し始めた。
「ミランダ、どうだったのだ?」
「そうですね…
以前よりはお話になられたかと」
言葉を濁しながらなみなみと注がれた紅茶を父の前に置く。
濁した言葉とは対照的に紅茶は透き通っており、侍女である彼女の手腕に私は満足気に頷いた。
「どうせミランダを介した会話だけなのだろう?」
じとりと湿気の籠るような視線に、ミランダと一緒に口を噤むしかなかった。
よくお分かりで。
既に名も忘れた公爵家のご子息は随分な人だった。
当たり障りのない会話ではミランダを通さなければ全く言葉を交わす気配がないと察知した途端に、家名をまるで自分の手柄であるかのようにひけらかし始めたのだ。
自分に好意が向かなくとも家名には好意を持つだろう、と尊大な態度で回る口をよく1時間近くよく聞き耐えたものだ。
女を手中に収めたいというあけすけな考えが覗くウザったらしい(一方的な)会話。
果てには何の反応も見せない私に対して罵倒し始め、男に気を使っていたミランダさえ口を噤んだ。思い出したくないほど不快だ。
最終的に手を握られそうになり、ヒールで男の足の甲を勢いよく突き刺し撃退してやったのだ。ヒィヒィと半泣きながら帰っていく男の背は何度思い出しても清々しいものである。
鼻をひとつ鳴らして「これでも進歩かと」と、飄々とスコーンを食べる。
「また縁談を破断させて…
お前の男嫌いはいつになったら治るんだ」
「全くですね」
「…」
他人事のように頷けば、父は瞠目し一息に紅茶を飲み干した。
おかわりを注ごうと手を伸ばしたミランダを制し、諦めたようにアフタヌーンティースタンドから1口サイズのケーキをひとつ食した。
ふぅ、と一息ついた父は眉間を揉みながら私を見つめる。そうして突如落とされた爆弾に、白目を向いた。
「…今日、お前の嫁ぎ先を決めた」
「………はぁ?!」