第7話 かくれんぼしてるうちに出られなくなることありますよね
レストランを貸し切ってのダリル殿下との晩餐から一夜が明けて。
いい天気です。木漏れ日がホカホカして、葉を鳴らしながら通り過ぎる風が気持ちよくて、見上げた空は雲一つない突き抜けるような青。下を見れば丁寧に手入れされた芝と花が広がって、その上を蝶々がひらひらしてる。
そんなのどかな一日。何も用事がなくてやる気のない日、天気が良かったらいつもこうして木に登ってました。枝に座って幹に寄りかかってぼんやりするうちに、少しずつウトウトして。屋敷から聞こえてくる私を探す声に目を覚ますというのが昔から変わらない私の日常。
そういえば子どもの頃だったかしら。いつものように木の上でうたた寝をしていたら、屋敷から私を探す声が聞こえてきたんです。その声は侍女だったか執事だったか覚えていないし、どんな用事だったかも今となってはハッキリしないけれど。
その声は屋敷中をくまなく探して、それでも見つからないとやっと庭の木に違いないと気づくの。そしたらお母様が「たくさんの木から正解を見つけるのは大変ね」と言って私宛の用事を代わりに対応してくれて。
お母様の心遣いはとても嬉しいし、同時にお手を煩わせてしまったわって反省もしたのだけど、一方でもっとちゃんと探してほしいって拗ねちゃったんですよね。
でも用事は無くなってしまったからもう誰も私を探そうとはしません。見つけてほしい私は意固地になってずっと枝の上にいるのだけど、屋敷からは私のことなんて忘れちゃったみたいな呑気な笑い声が聞こえて来たりして。
いつものように木から降りて「なんの話?」って会話に交じればいいだけなのに、あの時はそれが負けな気がしてできなかった。
時間が経つにつれお腹もすくし、風は冷たくなって空には雲が出て来て……。幼心にというか幼いからこそ、私はこのまま誰にも知られずに死んじゃうんだわなんて思ったりしたものです。だけど、その寂しさと不安感と切なさは本物でした。
それからさらにどれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、子どもの感覚だから大したことはないと思います。兄や姉の声が聞こえて来たのです。
「絶対こっちだよ」
「前そこだったから今日は違うと思う!」
きゃっきゃと軽やかな声。私がいなくても楽しく遊べる兄と姉を恨めしく思いながら枝の上で小さくなっていると、今度はお父様の声もしました。
「父はこれだと思うなー」
「えー! おとうさまはセンスないよ。そんな大きな木!」
「そうよ、あの子にはまだ早いわ」
私のすぐ真下で交わされる言葉。恐る恐る下を除くと、お父様が両手を広げて見上げていました。兄と姉も満面の笑みで。その一歩後ろには、弟を抱っこしたお母様が微笑んでいて。
「帰りたいな……」
ぽろっと零れた言葉に意識を取り戻しました。ぼんやりするうちに物思いに耽り過ぎてしまいました。それに、とっても寂しくなっちゃった。こういうのをホームシックっていうのかしら。
気が付けば屋敷で私を探す声が聞こえて来ます。
明後日の第三皇子とラガリア共和国の人とが密会する場を急襲する予定に、私という存在は必要不可欠です。いま私がいなくなったらさぞお困りでしょう。
不安にさせる前に戻らなくては……。
「ミミル! やっと見つけた。もしかして降りられなくなったのか?」
「へっ?」
いつの間にそこにいたのか、木の下にはダリル殿下がいました。飛び降りろとでも言うように両手を大きく広げて。
「飛ぶのも怖いなら俺が――」
「いいえ……いいえっ!」
彼に向ってダイブしました。
バニール族は速く走るため遺伝的に骨が軽い傾向にあります。木から落ちれば確実に骨折ですが、怖くなんてありませんでした。あんな顔で迎えに来てくれる人が、私を落とすわけないもの。
危なげなくしっかり受けとめてくれたダリル殿下は、ぎゅっと私を抱き締めました。
「ちょ、なんで泣いて、え? どっかぶつけた?」
「違います、違うの。ちょっと嬉しかっただけ」
「はぁ?」
子どもみたいに抱っこされたまま庭を横断して、ベンチに座らされました。隣に殿下も腰掛けます。お互いに何も言わないまま、ひらひら舞う蝶々を眺めたりして。
「アンタだけに頼ってるわけじゃない。今もネイトの警備をかいくぐろうと試行錯誤してる部下がいる。……無事メダルを取り戻したら、何より先にアンタを国に帰すからさ」
「はい、ありがとうございます」
「でも今すぐ帰りたいって言うなら、迅速に手配する。こっちのことはこっちでなんとかするよ。本来はそれが道理だしね」
ああ、私の呟きが聞こえていたのかもしれません。
口は悪いしちょっと短絡的な考え方をする人ではあるけれど、すごく優しいことを知ってます。立場に驕らず自らを省みて謝罪できる人、相手の気持ちを尊重しようと努力できる人。そんな人にちょっと気を遣わせてしまいましたね。
「ふふ、もういろんなものを前払いでいただいてしまったので」
「あんなの……いや、うん。そう言ってもらえると助かる」
彼は一旦口を閉じて、小さく息を吐いてからメダルや継承権争いについて教えてくれました。
皇太子を決めるにあたり、約半月後に木剣を用いた決闘が行われるそうです。が、その決闘に臨むには事前に持たされたメダルの提示が必要であると。
メダルは手元にある限り必ず身につけていることという条件の下で、決闘当日まで守りきらなければならない。
その全てが部下への指揮と信頼、戦略を練る思考力、臨機応変な対応力などが求められる試練なのだと、彼はそう説明しました。
「決闘さえできれば勝つ自信はあるんだけどな」
少なくとも第四皇子の屋敷に火を放った方だけは負かさなければいけないと、私も考えています。
そしてダリル殿下の力になりたいという思いは強まるばかりで。