第6話 人攫いでも泥棒でもない私たちは仲間ってことでいいですか
ダリル殿下の案内で品のいいレストランへ向かうと、貸し切りになっていました。さすが皇子ですね。我がラバッハ家は数ある貴族の中でもどちらかと言えばお金持ちですが、それでも食事ひとつで貸し切りなんてしませんし。
テーブルに着くと、殿下が「あ」と。
「食えないもの聞いてなかったな」
「私、たんぽぽが食べられません」
「えっ。むしろあれ食い物なの」
「バニール族にはメジャーな食べ物です」
「じゃ、好物は?」
昨日は泥棒だとか無能だとか言い合いをしてたのに、こんな風に好きな食べ物の話をするなんて不思議。
給仕に注がれた食前酒を掲げて乾杯をします。
「リンゴが好きです。特に我が国の南方で生産されるミツリンゴが――」
「ああ! 俺もそれは好きだ」
くしゃっと笑った殿下のお顔が草原に咲くマリーゴールドみたいでびっくりしました。ちょっと癖があるんだけど美味しいんですよね、マリーゴールド。
それから料理が運ばれて、私たちは今日一日の感想を言い合いながら食事を進めていきます。なんだかデートみたいだと思いながら、だけど心の片隅にはずっと火事のことが引っ掛かった状態で。
「ウサギの窃盗団だけど、ネイト……すぐ下の弟だ。ネイトが裏で糸を引いてるらしい」
食事を終え、デザートを待つ段になって殿下がそう言いました。
「では」
ダリル殿下のメダルはネイト殿下がお持ちだということであり、彼から盗み出してこなければならないということです。
頷いたダリル殿下が話を続けます。
「三日後、ラガリア共和国の重鎮と密かに会う予定があるらしい」
「ラガリア……皇妃殿下の出生国ですね。なるほど」
帝国の皇子四名は上のふたりと下のふたりとでお母様が違います。今は亡き前皇妃様は狼獣人と純人間のハーフ。そして現皇妃様は猫獣人で、ラガリア共和国は我がイスター王国の南側に位置する猫やライオンなど猫科獣人の国です。絶対行きたくない……。
まぁ自国出身の皇妃から生まれた皇子を次代に据えたいという気持ちは理解できますし、そのための密談でもするのでしょう。
「というわけで、早速アンタの出番だ」
やっぱりそうなりますよねー、都合よく忘れてくれたりしないですよねー。
と小さく溜め息をついたところでデザートが運ばれてきました。なんとミツリンゴをふんだんに使ったアップルパイです。生のミツリンゴも添えてあってもう最高……! さくっとナイフを入れればとろとろのリンゴが、シナモンの香りをまといながら流れ出て。たまりませんっ!
一心不乱にアップルパイと向き合って、半分ほど食べたところで顔を上げるとダリル殿下とばっちり目が合いました。食べてる姿を見られるのって地味に恥ずかしいんですが?
「そんなに気に入ったなら俺のも食っていいけど」
「食べっ……たいけどお腹がいっぱいですぅ」
「じゃあ今度また食べに来よう。それでこの後、もう一つ行きたいとこあるんだけど疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
満足気に頷いたダリル殿下もまたアップルパイを切り分け、ふたりで甘酸っぱいリンゴを堪能しました。
レストランを出て私たちが向かったのは帝都の端にある時計台でした。小高い丘の上にあり、帝都全体を見渡すことができるそうです。
「ここは俺のお気に入りの場所。一度だけ母上と兄上と三人で来たことがある。俺の知る母上は常にベッドの上にいたけど、調子がいいときにここへ連れて来てくれたんだ」
ダリル殿下の瞳には帝都の街灯の明かりが映って星のようでした。でもその奥では焦燥感のようなものが見えます。淡々とした語り口が余計に、彼の抱える思いの強さを表しているようで私はただ静かに聞くことにしました。
「足を止めても時は進んで行く。母上はそれしか言わなかったし、当時子どもだった俺はなんのこっちゃと思ってたけど、今ならわかるよ。母上は足を止めたままの人だったから、それは後悔であり俺たちへの助言でもあったんだと思う」
春も終わろうかというこの季節でも、夜はまだ少し冷えるので。風が私たちの間を吹き抜けたときヘクシとくしゃみが出ました。話の腰を折ってしまったわ。
でもダリル殿下は何も言わずご自身のジャケットをかけてくれたのです。あったかい。
「助言、ですか」
「困難にぶち当たって足を止めたり、うずくまったり、または逃げ出したとして。それでも時は進んで行くんだ。人は流れ、社会は変化する。帝国を明日へと導こうと思うのなら、立ち止まってる暇はないって」
「帝位につくのなら確かに、歩き続けることが大事なのかもしれませんね」
「まぁそういうこと。俺は不注意で大事なものを盗られちゃったけど、だからってそれを嘆いてるだけじゃ駄目なんだ。すぐにも歩き出さないと」
帝都を見つめる彼の表情には誠実さが感じられました。為政者は必ずしも善人である必要はなく、時には人の道に外れた判断を求められることもあるでしょう。それでも、国に対して誠実な人物であることが望ましい……というのは私の個人的な考えです。
ただ、ダリル殿下はそれに相応しいような気がしました。帝都の明かりが彼の輪郭を縁取って、どこか神秘的な雰囲気さえまとって見えて。
「それをなぜ私に聞かせてくれたんですか」
「ん。俺はアンタに良くないことをさせようとしてるから。どんな考えを持った奴のために働くのかくらいは知っておきたいでしょ。あとは……」
「あとは?」
「アンタも歩き続けるタイプだと思ったから」
考えたこともありませんでした。
私が立ち止まらないのは、ただ立ち止まるほどの困難に出会っていないだけじゃないかしら。
そのまま告げると、ダリル殿下はふっと笑いました。
「じゃ、立ち止まったら俺がケツ叩いてやる」
「乙女のケツを?」
「乙女はケツって言わないだろ」
堪らず笑い合って、私たちは屋敷へと戻りました。もう私たちは誘拐犯でも泥棒でもなく、仲間になったんだと思います。