第5話 お買い物も思い出話も楽しいですよね
柔らかすぎず硬すぎない絶妙な弾力のマットレスと、ふわふわ軽やかなキルトが気持ちよくて目が開けられません。まぶたの向こうに穏やかな光が溢れているので、朝であることはわかるのですけど。んーもう少し寝ていたい。
私を包み込む温かくてすべすべの肌の感触も、深く落ち着いた寝息も……。
「ん゙ーっ……っ!」
大声を出しそうになって慌てて口を手で覆って。
ダダダダダダダリル殿下が同じベッドにー! って当たり前です、私がそれを許したんです。問題は、私が人間の姿だってこと! 胸のふくらみが彼の腕に当たってるんですよ! どうせささやかすぎて気付かないとかそういう問題じゃなくて!
もー寝てる間に転身が解けちゃうなんて子供じゃないんだから。ばかばか、私のばか!
待って、落ち着くのよミミル。淑女たる者いついかなる時も慌てちゃ、慌て、慌てちゃだめ! さぁ深呼吸をして意識をちゅうちゅ……集中してウサギになるの。
すーはーすーはー。はい。慣れた眩暈の感覚。縮んだせいでキルトに埋もれてしまったので、どうにかもぞもぞと這い出てみれば。
「……おはよう」
「ぶ」
ダリル殿下はまぶたを重たそうにシパシパさせていて、ちょうど目を覚ましたところのようです。危機一髪とはこのことですねってホッとしたのもつかの間、私の身体は殿下によってキルトから引きずり出されました。人間め、ちょっと身体が大きいからって!
「なんかこんなぐっすり寝たの久しぶりだな」
殿下はそう言って私を腕の中に閉じ込めます。ぐぬぬ。
「触り心地のせいか……匂いか?」
えー! 匂いますっ? 嘘でしょだって昨日ちゃんとお風呂に入れてもらったし!
どうにか離れようとしたんですけど逃がしてもらえません。
「いや両方か」
だー!
くるっとひっくり返されたと思ったら殿下のお顔が私のお腹に近づいて……だめえええええっ!
「痛っ! いってぇー……アンタその蹴り強烈すぎだろ」
殿下の頬っぺたを思いっきり蹴とばしてベッドから降りると、ソファーの陰に隠れました。人間の姿に戻ってローブを巻き付けて。
「な、何するんですかっ、おと、おと、乙女のお腹に!」
「乙女? ……なるほど。いやウサギに乙女も何もないって。過剰反応だろさすがに」
「うわぁ」
ベッドの上で半身を起こしていた彼は、頭をぽりぽりと掻きながら立て膝になりました。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に頭を抱えて考え込む様子。
しばらくして大きく息を吐くと、ちょっとだけ神妙な表情でお顔を上げました。
「その、アンタがいてくれたから多分よく寝れたんだ。それで……もう少し癒されようとして調子に乗った。ミミルの気持ちをないがしろにするつもりはなかった、悪い」
「うー、はい。謝罪を受け入れます」
癒されるって言われると悪い気がしないですからね……。こ、今回だけは許して差し上げます!
その後、殿下はご自身の部屋へ戻って支度を。私もメイドさんが持って来てくれた男児用の衣類に着替えました。
朝食を終えるなりドレスショップへと連れて行かれてお買い物。働きに対する前払いだそうです。
帝国のドレスショップは我がイスター王国とは違い、既製品が多くありました。というのも、多種多様な国民がいるため成長の速度がまちまちだからだとか。成長期には数日で一回りほど変わってしまうようなこともあるため、必要なときに必要なサイズの衣装が欲しいという需要に応えるとこうなるのだと。
「ふふ、メイジーなら大騒ぎで商品の全てをひっくり返してたでしょうね」
「メイジー?」
「侍女です。黒髪の艶やかな子で、落ち着きがなくて、でも誰よりも私のことを考えてくれる」
黄金色の瞳を丸くしたダリル殿下でしたが、次の瞬間には喉の奥をくくっと鳴らしました。
「そんな顔もするのか」
「どんな顔でした?」
「野花でも見つけたみたいな優しい顔。俺もそんな目で見つめられてみたいものだけど」
今度は私が驚く番でした。そんな顔をした覚えもないけれど、なによりお顔の整った男性にそんなこと言われたら意識してしまいそうだし。
「もっとデリカシーを身に着けたらあるいは?」
「難題だけど努力するよ。で、そのメイジーとやらは商品をひっくり返すって?」
ダリル殿下は並べられたドレスを何着か手に取って、店内のソファーやテーブルに所狭しと並べていきます。
「普段はオーダーすることがほとんどですから、ひっくり返すのは生地やデザインの描かれた紙ですけどね。メイジーは私のドレスを選ぶつもりでそうするのに、いつの間にか自分の好みばかり選んでて」
「自由な奴だな」
「そういう子でした。でも最後にはちゃんと私のために良いものを見つけてくれるんですよ」
腕を組んだダリル殿下はしばらく黙考してから、店員に言って買うものをまとめさせることにしたようです。出資者は殿下なので私はただその様子を見ているだけなのですけど……。
「待って、それじゃまるで全部買うみたいな」
「そりゃ全部買うでしょ、俺はメイジーじゃないからよくわかんないし」
「なに対抗してるんですか」
バニール族のサイズに合うものがそう多くなかったのは幸いと言えるでしょうか。室内用やお出掛け用のドレス、それに靴や帽子までを複数購入しました。購入品は屋敷へ送ってもらうこととして、そのうちの一着に着替えてからお店を出ます。
「そんで? メイジーは他にどんなことすんの」
「なんでメイジーの話ばっかり」
「や、その侍女の話するときだけアンタの警戒心が薄れる」
そうでしょうか?
首を傾げてもダリル殿下は悪戯っぽく笑うだけで本心はよくわかりません。とはいえ他に共通の話題があるわけでもなし、私はメイジーの思い出話を語って聞かせることにしました。
足癖が悪くて、言い寄って来る男性を蹴って撃退したこととか、観察力が高くて部屋や私自身にいつもと違うところがあればすぐ気付いてくれるとか。
「あとは?」
「でも私が悪戯で隠れたりすると絶対見つけてくれないんですよね」
「観察力が高いって言ったのに」
「不思議なんですよね。だから外出先では離れないように気を付けてたんだけどな」
「じゃ、俺が見つけてやろう。それくらいしかメイジーに勝てるとこがない」
「だからなに対抗してるんですか」
そんな他愛ないことを話しながら、アクセサリーやハンカチなどの雑貨を見に行ったり帝都を少し観光したりするうちに空はオレンジ色に。一日ってこんなにあっという間だったかしら?
私のお腹がクルルルと鳴って、食事をすることになりました。殿下はどこかに連れて行ってくださるみたいだけど……。
明日以降は1話ずつ更新です
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