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第4話 効率を優先するのならそうなるんでしょうけども


 野次馬に走る人や逃げ惑う人が行く手を遮り、馬車は遅々として進みません。でもダリル殿下が燃える屋敷を確認に行くと言うので、私も無理を言ってついて行きました。火の手はすごい勢いで屋敷全体を包みながら燃え盛り、煤に汚れた従者たちが悲痛な面持ちでそれを眺めていて。

 屋敷に到着した頃にはもうすっかり日が暮れていたのに、そこだけ真昼のように明るかったのが印象的でした。石造りと言っても内部構造に木材を用いるのはよくあること。延焼しないだけマシなのかもしれませんが……。


 突然目的を失った私たちは真っ直ぐ元の屋敷へ戻る気にもならず、人波を避けてなんとなく遠回りをしながら馬車を走らせます。第四皇子は城に運び込まれたとだけ聞いており、容態についてはわかりません。


「あの火の回り方、計画性を感じます。一体誰がこんなことを」


「いま調べさせてる。って言っても平気でこういうことをする奴は見当がつくさ」


 鋭い目に少し悲哀を乗せて、彼は窓の外を睨んでいました。


「継承権争いですか」


「さっきアンタは俺に向いてないって言ったけど、向いていようがいなかろうがやんなくちゃだめなんだよ。こんなことする奴に帝位は譲れねぇ」


 膝の上で彼の拳にぎゅっと力が入りました。

 本当にこの非道な行いを皇子たちの誰かがやったのなら、確かに皇帝として立ってほしくはないでしょう。隣国の一貴族である私としても、次代の皇帝がどのような人物であるかはとても気になるというか……我が国への影響を考えれば、私はダリル殿下に協力したい。


「……メダルも燃えてしまったでしょうか」


「たぶん、メダルを奪ってから火を放ってる」


「ですよね」


 焼け跡に落ちてたらいちばん楽なんだけどって思ったけど、世の中そう簡単にはいかないというか。自分が相手の立場だとしても、第四皇子……ロビン殿下が無事に逃げおおせた場合に備えてメダルは奪っておきますものね。


 言葉をほとんど交わさないままぐるりと大きく帝都をまわって、私たちは元いた屋敷へと戻って来ました。一体どれだけの時間を馬車で揺られていたのでしょうか。気が付けば夜もずいぶんと更け、月は高い位置にあります。


 あまり食欲はなかったけれど遅い夕食をいただいて、メイドに手伝ってもらいながら寝支度を済ませました。と言っても、男児用の衣類から紳士用のシャツへ着替えただけですけど。

 ていうか、このシャツはダリル殿下のですね。彼と同じ香りがします。……って気づいちゃったら急に恥ずかしくなってきたんですけど! 待って待って、他に着られるものないですかね? ……ない! ありません! 子供服も片付けられてる!

 あばばばば。寝ましょう、私は何も気づいてません。何もわかりません、寝ます。おやすみなさい。


 とベッドに入り込んだところでノックの音。殿下に借りたままのマントをローブ代わりにくるまって扉を開けると、そこには殿下がいました。背後には複数の兵士の姿もあります。


「悪い、今夜だけ同じ部屋で寝てくれ」


「は?」


「転身してていいし、俺はソファーから動かないから。自分の身さえ護れればいいと思って、この屋敷には最低限の人員しか用意してないんだわ。さっき恐らくアンタの存在もバレただろうし……そうじゃなくても、命まで簡単に狙って来るってわかった以上はしっかり警備する必要があるだろ」


 要約すると、ふたりいっぺんに守らないと手薄になってしまうということでしょうか。

 先ほどの劫火を思い出して身が震えました。確かにこちらにも魔の手が伸びない保証はありません。護衛の方々はダリル殿下を優先してお守りするでしょうし、彼のそばにいたほうが安全なのは間違いないです。


「……どうぞ」


 扉を大きく開いて迎え入れると、殿下だけが入っていらっしゃいました。兵士さんは扉の前で寝ずの番をしてくれるみたいですね。


「貴族令嬢としての名に傷がつかないよう徹底させるから」


 あのようなことがあったんだから当たり前と言えばそうなのですが、心なしか殿下の顔色が悪くて元気もありません。お疲れでしょうからぜひベッドを使って頂きたいところです。


「ウサギの姿なら場所を取りませんし殿下もベッドをお使いください。本来なら私がソファーを使うべきでしょうけど……数日ぶりにベッドで眠れるのかと思ったらちょっと我慢できません」


 冗談交じりに笑いかけると、殿下も小さく微笑んで頷きました。


「どうせ寝られやしないしソファーでいいんだけど、まぁせっかくの申し出だから受け取っとくか。いやー貴族令嬢と同衾とはありがたいね」


 殿下がベッドに腰掛けるのを確認して、私は彼に背を向けてマントを剝ぎ取りました。こういった重さのある衣類を着用したまま転身すると、這い出るのが本当に大変になりますからね。

 細く息を吸って意識を集中させながら目を閉じると、ほんの少しの眩暈。私を包む薄い布をもぞもぞとかき分けながら這い出てベッドへ向かいます。念のため寝台の高さを確認しますが問題なく飛べそ――あれっ?


 でででで殿下に拾われました。大きな手に包まれてどう反応していいやら! すぐにベッドの上に降ろされ、私は彼の手から逃げるように隅へ走ります。


「毛色は髪と同じなんだな」


 そう言いながら灯りを消して、彼もベッドに横になりました。足元にいて蹴られたらとても痛いと思うので、枕元のほうで丸くなることにします。

 彼は仰向けになって天井を見つめながら、ボソボソと話し始めました。


「この生活が始まって十日、ずっと気が張りっぱなしだ。さすがにちっと疲れたな」


 私も四人兄弟です。その兄弟のうちの誰かが別の兄弟に危害を加えたと知ったら、きっとこんなに気丈に振る舞ったりできません。どうかもう少しだけ心を安らかにしてほしいと伝えたくて、彼の頭をぽんぽんと叩きました。


「なんだ、慰めてくれてんの?」


「――っ! ぶぶぶっ?」


 わっ、わっ! 突然彼に両手で掴まれて引き寄せられました。横を向いた彼の腕の中にあっという間に閉じ込められます。な、な、なんですかこの状況はっ?


「さすがに毛並みいいな。気持ちがいい」


 そ、そうでしょうとも。

 よくわからないけど私の身体を撫でるのが気に入ったみたいで、ずっと背中をなでくりまわされました。けどそのうち寝息が聞こえて来たので今夜だけ許してあげることにします。うう、私も寝よう……。




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