第3話 子供服がちょうどいいとは認めたくないものです
とりあえず深呼吸。そしてお茶で喉を潤すと少し落ち着いてきた気がしました。
「取り返す方法が盗むしかないというのは一体どういう」
どんな理由であれ盗むなんてできませんけど、でも話を聞くくらいはするべきかなと思うのです。いえ、もしかしたら第三者の立場から指摘できることもあるかもしれませんし。もちろん皇子殿下にアドバイスだなんて恐れ多いことは重々承知してますけど。
なんと言っても、皇子殿下が直々に手配してくれたら迅速かつ安全に帰国できるはずですし、犯罪に手を染めないまま最大のメリットを享受していきたい!
と、ダリル殿下が口を開きかけたところで大きなノックの音が響きました。時を置かず開いた扉から飛び込んで来た平服姿の男性は、殿下に駆け寄って何やら耳打ちしています。
傍目に見ても明らかな至急かつ重要なお話に、殿下の目が眇められました。獲物を見据える肉食獣のような鋭い眼光……そういえば彼には狼獣人の血が混じっているのだったかしら?
いくつか言葉を交わすと殿下はゆらりと立ち上がります。
「話は後。早速行こう」
「はい? え、いや、え、どこに?」
「準備でき次第エントランスに」
私の戸惑いなどお構いなしに彼は平服の男性と一緒に部屋を出て行きました。入れ替わりにメイドがふたりやって来て衣類を差し出し、私に着替えるよう言います。これ……平民男性向けのシャツとトラウザーズでしょうか。
「急いで持って来たのですが息子のお古で申し訳ございません」
メイドさんの言葉に納得しました。男児服だこれ。ですよね、小柄なバニール族が紳士服なんて着られません。いま着ているこのシャツみたいにぶかぶかになってしまいます。
胸元は布を巻いて、その上からシャツを羽織りました。うん、ぴったり。ローズゴールドの髪をくるっとまとめ上げた姿が鏡に映ります。子どもだ……。
光があたるとピンクに輝く髪はお気に入りだし、ルビーみたいな目も正統派のバニール族という感じがして自慢です。でも小振りの鼻と口には色気がまるでなくて、ドレスを纏っていないと本当に男児みたい。
何はともあれ人前に出られる姿になって、いえ、貴族令嬢であるということは隠さないととても出られやしませんけど。そのあたりのプライドみたいなものは今は捨て置いてですね、肌が隠れたという意味で人前に出られるようになったので、エントランスへ向かいます。
そこには先ほどと変わらず世界のすべてが自分の一言で動くとでも思っていそうな男の人がいました。
「どこの子供が入り込んだのかと思った」
「次はドレスを用意してくださいます?」
「アンタの働き次第かな」
働きって、まだ盗むとも言ってないのにって抗議をしても全く取り合ってもらえないまま、また荷物か何かみたいに無造作に馬車へ放り込まれました。
んもー、ちょっと力持ちだからって!
「いくら皇子殿下と言えど無礼にもほどがあります!」
「俺、気づいちゃったんだけどさ。アンタ、ウサギの売買業者から逃げてたんだろ。なら俺は救世主なわけじゃん」
「なるほど?」
それはそうかもしれません。よほどいい値段で売れたのか、私を追う男たちの執念は尋常じゃなかったです。逃げ足には自信があるのですが、それを上回る追っ手の数で。ですから殿下に見つかったのはある意味では僥倖と言えましょう。
「ってことは恩返しをしてもらわないと」
「それはそうですけど。事情も知らないのに――」
馬車はゆっくりと動き出し、窓の外へ視線を移したら門を出るところでした。空はすでに暗くなりかけていて、右手側の窓と左手側の窓とではまるで違う色を見せています。
「事情を知ったらもう後戻りできない。何かあっても『知らなかった、脅された』って言い訳が通らなくなる。それでも聞く?」
「ならやりません」
「盗まれたのはこれくらいの大きさのメダル。この世にたった四枚しかないもののうちのひとつだ」
「聞かないしやらないってば!」
人差し指と親指で円をつくって大きさを表現する殿下。ぜんぜん人の話を聞いてないんだから!
また感情に任せて足が床を叩こうとしたとき、真向かいに座る彼の手が私の足を掬いました。目にも留まらぬ速さとはこのこと。薄い布ごしに彼の大きな手の熱を感じます。
彼は私の片足をご自身の膝の上に乗せ、前のめりになって顔を寄せました。すごく真っ直ぐにこちらを見つめる真剣な瞳に言葉が出ません。
「四枚のメダルは帝位継承権者に与えられ、俺たちは互いにそれを取り合ってる」
「……ということは」
「こんな重要な案件にウサギの窃盗団を使ったってことは、他の三人の中に奴らの頭目がいるってコト。だから俺は窃盗団を使えない……けど、ウサギの機動性と脚力は魅力的だ」
ダリル殿下が私の足を撫でました。彼がどんな意味で魅力的だと言ったかは正しく理解しているつもりですが、彼が足を撫でた途端、全身の血液がぐるぐる巡り始めました。
「だ、から、私に? ご兄弟からメダルを取り返して来いと?」
「まぁそんな感じ。名前が書いてあるわけじゃないから他の三人のうちの誰かから盗ってくればそれでいいんだけど。実際、俺のを盗んだのが誰かもまだハッキリしてないし」
「盗まれたうえに犯人の目星もついてないってこと……? なんという無能……」
「言っちゃった! 一国の皇子に向かって!」
暴言を吐いた私の足を、殿下がペシッと叩きました。え、でもさぁ!
「陰謀渦巻く継承争い、向いてないと思いますけど」
このまま降りちゃえばどうですか、なんてそこまで言ったらさすがに首が飛ぶわねって思ってお口を引き結んだとき、馬車が停車して窓を外側から叩かれました。護衛についていた兵士が切羽詰まった様子で殿下の名を呼んでいます。
「どうした?」
「目的地である第四皇子ロビン殿下の屋敷ですが、劫火に包まれ近づくことかなわぬと報告が」
……なんですって?