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第2話 イラっとして足をタシタシするのは本能です


 相手が皇族とわかった以上、いかに失礼な相手で誘拐犯であろうともこちらが礼を失するわけにはいきません。姿勢を正して深呼吸を一つ。新たに私のために注がれたお茶の爽やかな香りが鼻を掠めました。


「私はイスター王国はラバッハ伯爵が次女ミミルでございます。我が身に降りかかった不幸を嘆いておりましたが、帝国の若き星ダリル殿下にお会いでき――」


「堅っ苦しいのはいいよ。じゃ、自己紹介も終わったことだしゆっくり話そっか」


 ダリル殿下が左手をひらひら振ると室内から全ての人間が出て行きました。メイドはもちろん、護衛の兵もです。

 ウサギなど恐るるに足らぬ、護衛など必要ないということなんでしょうね。まぁ、それは正解です。帝国の第二皇子と言えば剣術や体術など何をさせてもお強いと我が国にまで聞こえて来ますし。大体こっちはマントの下もシャツ一枚で心細いし、はっきり言って布団をかぶって震えながら丸くなっていたいくらいなんですから。


「昨今、帝国ではバニール族による窃盗被害が増え続けてる。どうやら、ウサギどもによる窃盗集団が組織されてるらしい」


「それで私が泥棒だと? バニール族であるというだけで?」


「いや。所作や言葉遣いでアンタが貴族だってのがわかったんで今は疑っちゃいないんだけど。今日さ、持ち物をウサギに盗まれた。それを追いかけてたらアンタが帝都を騒がせてたせいで見失ったんだよ。仲間だと思うのが普通だろ」


「論理的じゃないです」


「それが論理的になる事情がコッチにはあんの。……ミミルだっけ? 先にアンタの事情を聞かせて」


 彼は乱暴に足を組み、膝の上で肘をついてさらにその手に顎を載せて。柄が悪くてとても皇族の仕草とは思えません。ただ、喋り方には少し気軽さが混じったように感じます。


「攫われたのです。イスター王国では若いバニール族の誘拐事件が多発しており、その対策が喫緊の課題となっていました」


 形のいい眉を片方だけ上げた殿下に、私は身に降りかかった出来事を語って聞かせました。


 誘拐が流行っていること、バニール族を「ペット」として売買、飼育しようとする不埒者がいること。そして、その「ペット」には卑猥な意味も含まれることも。


 私は誰かに引き渡される前に運良く売買会場から逃げ出すことができましたが、買い手がついた後だったせいか組織総出で追いかけて来たのですよね……。


「帝国内での人身売買は禁止だぜ」


「ですがウサギの売買は禁じてませんね? イスター王国は他国と比べて純粋な血統のバニール族が多いのです。貴族ならほぼ間違いありません」


「強制転身だって言いたいのか? それこそ国際条約で禁じられてる!」


 私が身体に巻いているマントを緩めて首元を見せると、ダリル殿下は髪をくしゃっとかき上げて舌打ちをしました。きっと首輪の痕が見えたことでしょう。


 動物の特性を強く持つ人種を平易な言葉で「獣人」と言います。また、たとえばバニール族がウサギそのものに姿を変える、狼獣人がオオカミの姿をとる、そういった変化を「転身」と。

 転身ができるのは基本的に他種族が混じらない純粋な獣人だけですが、我が国の場合は血統を重んじる貴族のほぼ全員がウサギの姿になれます。それに王都の孤児院は貴族の落とし胤も多くいるので、誘拐犯が彼らを狙うのは理にかなっていると言えるでしょう。


 そしてこの世には本人の意志に関係なく転身させる道具が存在するのですが、獣人の尊厳を踏みにじる下劣な行いであるとして、世界的に使用を禁じる動きになっています。

 にもかかわらず、この国では強制的に転身させたバニール族を「ウサギ」と称して売買しているのです! 許せません!


 タシン、と私の足が床を叩きました。あらやだ。感情をあらわにするなんて淑女として恥ずべき行為でしたね。


「確かに近年、帝国でバニール族の孤児が急増してる。移住者の推移は変わらないのに孤児ばっか増えるのが意味わかんねぇと思ってたけど、そういうことか……」


「我々バニールは乳幼児期の死亡率がとても高いので、捨てておけば勝手に死ぬと思ってるのかもしれませんね」


 ――タシン。


「アンタら子沢山じゃん、野良ウサギが増えたら帝国の人口バランスやばいんだって!」


「それは我々の責任ではありません!」


 ――タシン。


「しかも窃盗団もさ! ウサギの逃げ足早すぎでしょ。どうせ捕まらねぇと思ってかなり堂々と盗んで行くとか聞くけど、マジでなんなの」


「バニール族の移住率に変化がないのであれば、窃盗団もまた捨てられた元ペットやその子どもたちなのではないですか?」


 ――タシン。


「悪かった、悪かったからその足でベシベシすんのやめろ」


「……失礼しました」


「まぁとにかく、帝国内で人身売買が行われてるって件は調べとく。なんでそんな重大かつ大金が動く事件に誰も気付けなかったのか謎だけど、とりあえず色々と合点がいったんでスッキリしたわ。……んじゃ、次は俺の話」


 殿下が居住まいを正してこちらに向き直りました。

 私の野生の勘が「聞くな」と言ってますが、皇族の話を聞かないわけはいかない人間としてのしがらみがあります。


「お伺いします」


「これは完全に俺の不注意なんだけど、命の次に大切なものをウサギに盗まれた」


「不注意が過ぎますね」


「割とショック受けてるから傷口えぐらないで。で、どうにかしてそれを取り戻す必要があるわけだけど、残念ながら盗み返す以外に方法がない」


 目が点、とはこのこと。

 盗まれたのなら普通は相応の機関に訴えて取り戻してもらうものです。皇子ともなれば動かす手駒は格段に多いでしょう。


「それは殿下の言う『事情』のせいですか」


「察しのいい人間は好きだよ。ま、それは追々説明するとして……俺の頼みを聞いてくれたら、俺が直接イスターに掛け合って国に帰してあげるけど、どう?」


「頼みってまさか盗み返して来いなんておっしゃいませんよね? もしそうならお断りします」


「それは残念だなー。んじゃぁ帝国の正規の手順に従って送還するしかないかー。時間もかかるし、待遇も悪いし、貴族のご令嬢に耐えられるかなー」


 ――タシン。

 なんて腹立つ人なんでしょうかっ!





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