第1話 失礼な男に攫われたのですが、偉い人だったみたいです
72000字ほどの中?編です。
初日3話、明日2話、以降は1話ずつ更新……予定!予定は未定!
お付き合いくださいませ!
すごい数の追っ手から逃げるために、よくわからない道をひたすら走ってたら行き止まりでした。
かろうじて袋小路に入り込んだことには気付かれなかったみたいで、捜索者たちは細道の向こうを通り過ぎていきます。ゴミ箱の陰にうずくまってやり過ごそうとしていたら……。
「アンタが噂の?」
いつの間に近くに来ていたのか、金色の獰猛な目をした若い男が乱暴に私の腕を掴んで引っ張り上げました。布切れみたいなぼろぼろの服は私の身体の全部は隠してくれなくて、でもそんなことには構っていられません。生きるか死ぬかの瀬戸際なんですもの!
「触らないで!」
腕を掴まれたまま足で力強く地を踏みつけて、怒ってるんだぞとアピールします。早くその手を離さないと蹴り飛ばしてやるんだから!
「静かにしろよ、あいつらに見つかって困るのアンタだろ」
男は表の通りを顎で指しました。暗いグレーの髪がさらさらと流れる様子は我が国の中心を悠然と流れる大河にそっくりで。思わず見惚れかけましたが今はそんな場合じゃないのです。
「うるさい、離して!」
「そう言われて素直に離す奴がいるかよ、泥棒を」
「は? 泥棒ってちょっと何言って――」
男は無言で自分のマントを私の身体に巻き付けました。
滑らかな手触りのマント。その質の良さから金持ちの男だということがわかります。や、ちょっと待って。そんなに強く巻かれてしまったら手が動かないんですけど!
さらに手際よく猿ぐつわをかませられ、訳が分からないままあっという間に馬車へ。せっかく逃げ出したのにまた捕まっちゃいましたーもーばかばか!
一体どうしてこんなことになってしまったのかしら。ほんの数日前には大好きな本を読み耽ったり社交を楽しんだりしていたのに。
私、ミミル・ラ・ラバッハはイスター王国では名のある由緒正しいラバッハ伯爵家の次女として生まれました。上に双子の兄と姉、下に弟がひとりいます。
我が国は人口の八割がバニール族というウサギの特性を持った人間で構成されていて、もちろん私も立派なバニール族です。頭には長い耳、お尻に短い尾があるのが外見的な特徴でしょうか。
人攫いに遭遇したあの日も、いつものように孤児院を訪問して子どもたちと楽しく過ごしていました。最近は十代以下の若いバニール族を狙う誘拐事件が増えているから、ひとりで出掛けないようにしましょうねって子どもたちに注意したばかり。私だって屋敷を出る際にはちゃんと護衛や侍女をつけていたし……。
いえ、ひとりで門の外に出たのは私の不注意であり油断だったわ。まさか物音さえ罠だなんて思わないじゃない! 昼寝中の子どもたちが起きちゃうと思って外に出たら、突然知らない人たちの手で拘束されてしまったのです。
でも、そうね。あの日の被害者が私だった、子どもたちが誘拐されずに済んだと考えれば良かったかもしれません。あとは私が再び逃げ出せばいいのです。そのためにも、まずはしっかり状況の確認と分析を……。
座席に寝かされていた状態から起き上がろうともがいてみたのですが、だめでした。なんて非力なんでしょう。もし私に明日があれば筋力トレーニングをしたいと思います。
「ミミズみたいにのたうち回ってどうした」
「ん-んんんー!」
ミミズとは失礼な! ミミルですけどっ?
っていうか、男さんも傍にいたんですね。全く気付きませんでした。それに喋れない私に質問しないでほしいです。いえ、質問するなら猿ぐつわを外してほしい、が正しい。言葉は正しく使わなければ。
「そろそろ着くからもう少し我慢しろ」
男は窓の外に視線を投げてそう言いました。彼の予言通りほどなくして馬車は止まり、私はまたちょっとした荷物のように降ろされます。
そこは大きなお屋敷でした。我がイスター王国は木材またはレンガでの建造が中心ですが、こちらは見る者を圧倒する重厚な石造りの建物。薄々気付いてましたが、やはりここは他国ですね。
しかしこの大きさ、お金持ちだろうとは思っていましたがひょっとすると我がラバッハ伯爵家より上位の貴族かもしれません。
迎えに出た侍従たちはずらりと並び、一斉に頭を下げています。そんな中、私はというと……なんと彼の肩に担ぎ上げられながら屋敷へと入ったのでした。本当に荷物扱いじゃないですか!
バスルームに放り込まれ、メイドたちの手で身体を洗われたあとで用意された服に袖を通します。うん。これ男性用のシャツですね。裾が太ももの半分より下にあります。すごく大きいし、それにいい匂い。
バスルームを出ると男さんが優雅にお茶を飲みながら待っていました。いや待って、こんな格好で異性の前に出られない! ってバスルームへ戻ろうとしたら、素早くこちらへやって来た男さんの手によって先ほどのマントが再び肩から掛けられました。はい、ありがとうございます。巻き付けときます。
何も言わず席に戻る男さん。出入口は帯剣した兵士が守ってるし私の両サイドにはメイドさんがぴったりくっついてます。ちょっと逃げる隙はなさそう。
座るように言われ、メイドさんに連れられながら彼の対面に腰を下ろしました。
理知的な瞳にスッと伸びた鼻筋、大きめの口は情に篤そうな印象を与えるし、落ち着いて見ればとても端正なお顔立ちです。
そんな彼がツ、と顎を上げて口を開きました。
「名前は?」
「先に名乗るのが紳士の礼儀でしょう?」
「はっ! 泥棒が礼儀を語るのかよ」
まだ言うか。一体泥棒ってなんのことでしょう。でもここは黙っておかないと話が進まない気がしたので訂正は後回しです。男は睨みつける私に不敵な笑みを浮かべました。
「俺はダリル・ダ・ウル。それだけ言えばわかるだろ」
「……ここがトラ・ウル帝国であることは察していましたけれど、まさか第二皇子殿下に誘拐されるとは思いもよりませんでしたわ」
「俺も、ボロ布一枚で走り回る貴族令嬢がこの世に存在するとは思わなかった」
まぁ! 貴族だってわかってたなら――。いえ、待ってください。今の一言でお肌を隠しきれないまま逃げ隠れした屈辱が思い出されました。悔しかったし、それに、ここここここの人に見られたんです! 足も、もしかしたら胸も!
んもおおおおお! 紳士ならそういうこと言わないでしょ、普通!