番外編1 陽キャ男子はあの子と知り合いたい話。
夏になりかけの今、俺には少し遅れて春が来た。
なんて、こんなポエムっぽいこと考えるくらいには、俺はふわふわしてたんだろうな。
「よっ、颯。今年もお前と近くなの嬉しいわ!」
「おう、俺も」
あの子とは、遠くはないが自然に話せる近さでもない、そんな微妙な距離だった。
「おい、こっち見て言えって! 心こもってないだろ!」
ごめんて。お前と近いのは、俺も嬉しいよ。これ本当な。
ただ、目を逸らせないんだ。
今はあの子しか、目に入らない。
くりくりの大きい目。丸みを帯びたショートカット。小さくて小動物みたいにかわいい。
どうしたら、もっとあの子を眺めてられる?
「おーい、マジでどうしたんだよ。熱中症か? もう始まるけど大丈夫なのか?」
こいつの言う通り、熱に浮かされているだけなのかな。
休んだら、引いていくのだろうか。
「そーだよね。大丈夫? ボーッとしてるよ? 保健室行く?」
俺のダンスのペアの人は優しい人らしい。初めて会ったというのに、俺を心配してくれた。
こいつと友達で、俺はその友達だから話しかけやすかったのかもな。
でも……。
隣があの子だったら良かった、なんて。そんなことを考えてしまった。……最低だな。
「大丈夫。ありがとう」
練習が始まっても、俺は上の空だった。
「ねえねえ、颯くん。練習終わったよ?」
終わったのに気づいたのも、声をかけてもらったからだ。俺はちゃんと踊れてたのか?
「あ、うん。ありがとう」
あの子は、友達と話しながら教室へ帰ろうとしていた。
名前だけでも知りたい。少し近くを歩けば、名前は聞こえてくるはずだ。ジャージに書いてある苗字を見る、でも良い。
教室に戻る生徒の波は、毎回凄まじい。早く近くに行かないと。
「颯くん、待って」
右腕を掴まれた。
「なに?」
振り返ると、それはペアの子だった。
できるだけ早く済ませたい。
「あの、私たち、今日で友達になれたわけだし、えっと。……LIME、交換しない?」
「あ、ごめん。後日でも良い?」
この子は友達のハードルがとてつもなく低いな。
たった一言喋っただけなのに、もう友達か。いや、全然良いんだけど。
「ま、まだ授業まで時間あるし、ダメかな?」
……退きそうにない。
仕方ないか。まだダンスの練習はあるんだし、別に今日じゃなくても良いよな。名前を知る機会なんて、いっぱいあるはず。
「うん、分か」
「奏音! 江角かのーん!」
よく知った声が校舎から聞こえてきた。
そちらを見ると、やっぱり藤咲だった。二階の廊下の窓から、誰かに向かって手を振っているようだ。
それなりにざわつきがあるため、生徒は声に全く反応しない。
……一人を除いて。
藤咲に応えて手を振っていたのは、あの子だった。
君の、名前だったのか。
とても、可愛らしい名前だ。良く似合う、素敵な名前。
「颯くん?」
「ああ、うん。ごめん」
俺はスマホを取り出し、手短に終わらせた。
「ありがとう、嬉しい」
「うん」
その人の名前すら確認せず、その画面を閉じる。
俺は歩きスマホをした。
ある人とのトーク画面を開いて、文字を打つ。
『あの、えすみかのんさんって知り合いだったりします?』
……藤咲に感謝しないとな。
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