今日から妹達と暮らすことになるんだが
次の日俺は学校を休む事となり、普段よりも遅い時間帯に起床した。
リビングには化粧をし綺麗な姿になった母親と、いつもよりも綺麗なスーツを着た親父......そして、スマホを片手に操作する百音の三人がリビングで寛いでいる。
一皿ラップされた朝飯が机の上に置かれてあり、他のみんなはもう朝食は済ませているみたいだ。
「おはよう康太。美咲と雪はもう学校に行ったぞ。早く飯食って準備してくれ」
「おはよう康太君。随分遅い時間に起きるわねー。まぁ、育ち盛りの歳だもんね」
そんな二人からの挨拶をおはよう、とだけ軽く言葉を返してラップしてある朝食に箸を進める。
テレビを点け、通勤時間帯を過ぎた頃から始まっている高齢者向けのニュース番組を適当に眺めながら、頬張る。
ソファーに視線をやると、相も変わらず百音はスマホを眺め、両耳には無線イヤホンを付けていた。
そう言えば百音と顔を向き合って話をした記憶がない。
対応的に美咲と同じく俺の事が嫌いなんだと思うが、美咲とはまた違う嫌う雰囲気......と言えばいいんだろうか。
血縁関係のあるであろう姉妹、そして母親以外の人間はあまり話さず、距離を置いている様にも見えた。
いつも顔は下を向きがちで、今思い返してみると必ずイヤホンを付けていて、外部の情報を遮断している様に見える。
オーラと言うか覇気もなく、気軽に話しかけられる雰囲気も醸し出しておらず、周りを拒絶する姿勢。
俺に出来た妹は何でこうも個性の強い奴らばっかなんだ。
「百音ももう準備出来たかしら?」
母親はソファーの隣に座り、わざわざ肩を優しく叩いてからそう口を開いている。
それから百音はゆっくりとイヤホンを外し、一言も発さずに首を縦に振って見せた。
「じゃあ後は康太君だけね。準備終わったら教えて欲しいわ」
突然こっちに話が飛んできた。
もしやそっちを見ていたのに気付いていたのかは知らないが、俺は少々焦りつつ、頬張っていた米を胃に急いで流し込んだ。
「わかりました。準備が終わり次第伝えます」
「次会った時は敬語を外して貰えるとお母さん嬉しいわ。ま、みんなの事宜しくね」
「任さてくだ......さい。俺が今この状態よりも確実にみんなを、良い方向に導いて見せますから」
癖で出てしまった敬語に突っ込む事もなく、俺が返した言葉に母親は優しい目で俺の事を見つめるだけだった。
準備が終わった俺らは親父が運転する車に乗り、空港を目指していた。
俺はしばらく会えない親父を直接見ると涙が出てきそうで、あまり直接見る事が出来ない。
男ならわかるだろうが、涙を流している場面を見られるのは相当恥ずかしいもので、出来れば見られたくないものだ。
俺は今にでも溢れ出そうな想いをしっかりと胸の奥に潜め、このまま見送りまで耐える予定だ。
「夏休みとか帰って来る事も出来ないのか?」
親父に早く会いたい気持ちからだろうか、気が付けば口がそんな事を口走っていた。
バックミラー越しに映る親父の表情は変わらず、ゆっくりと口を動かす。
「恐らく厳しいだろうな。おまえならわかると思うが夏休みも毎日激務でな。帰られるかこの段階じゃ見当もつかない。ただ、何かあったら気楽にいつでも連絡はしてくれよ」
「ああ、それは当たり前だ。親父もあっちでも頑張れよ。......あと、お母さんも」
「あらあらお母さんだなんて嬉しいわね。私も向こうで頑張るから、貴方達も頑張ってね」
バックミラーを見つめる俺に気付いたのか、バックミラー越しで親父と目が合った俺は急いで目を横に飛ばしてしまった。
正直に言って雰囲気も少し寂しい感じになっていたし、危ないところではあったが、踏ん張る事が出来た。
よかったと俺が安堵し、視界を上側にやると百音が俺の事を神妙な顔で見ている。
初めて百音の顔をよく見た気がした俺は、何か貴重な物を見た気分になった。
姉妹同様にパーツ一つ一つが整っていて、ショートボブな百音は可愛らしい。
年齢的にも最年少なのも相まって、確かに一番妹らしさを感じてしまう。
と、そんな事を考えてる内にも百音を見ていたからだろうか。
急に眉間に皺を寄せた百音は、スっと顔を俺から逸らした。
そこでハッとした俺は急に顔が熱くなるのを感じ、涼む為にも窓から顔を出して風景を眺め始める。
......見送った後はどうなるんだ?
美咲と雪は親を見送る事無く学校に登校し、夕方になるまで恐らく帰って来ない筈だ。
今はまだ午前中が終わろうかと言う時間帯で、まだまだ二人が帰って来るまでには相当な時間が残っている。
飛行機も午後初めに飛び立つため、俺は夕方まで百音と二人で一つ屋根の下で過ごさなければならない。
俺は少なくとも好かれてないし、向こうは俺に話しかける事なんてしないだろう。
ただ、気まずい雰囲気だけは嫌な俺はどうするのが正解なのか。
沈黙が訪れてしまうのは必然なのか、回避出来るのか。
昨日の雪の言葉がふと、脳内に再生される。
「──行動しないと何も変わらないですよ?」
ああ、確かにそうだ。
しかしそれはただ行動すれば良いのではなく、しっかりと後先の事を考えた上でしないといけない。
流れる景色を俺は恍惚と頭に焼き付けながら、呟くのだった。
「......雪には感謝しないとな」
と。
それからしばらくして空港に着いた俺達は滑走路が見渡す事が出来るレストランの席で食事を摂った。
そこでは別れの言葉やこれからの事などを話し、そろそろ別れの時が近付いて来ているのが肌で感じられた。
そして一時間前にチェックインした親父達を見送り俺は隣に立っている百音と二人きりになってしまった。
親父の姿が居なくなった事で静かに涙がスゥーと流れたのを契機に、感情が氾濫し始める。
ポロポロと目から雫が零れ、急いでハンカチで目元を抑えるが、そう簡単に止まる気配はない。
恐らく色々な通行人に見られているだろうが、今はそんな事はどうでもよかった。
百音も対応に困っているだろうが、それさえも今ならどうにだっていい。
それよりも溢れるこの感情が、何よりもずっと大事だ。
それから三十分は経っただろうか。
やっと泣き終えた俺はびしょ濡れのハンカチをポケットに入れ、ふと横に目をやった。
俺は驚きで目を思わず丸くし、その少女を見つめる。
「俺の事を待っててくれたのか。......待たせてすまない、百音」
百音の事だから、とてっきりタクシーか何かで先に帰路に付いているだろうと思っていたのだが。
横に立つ百音は俺が泣き始まる前から一歩も動いていない様にも見える。
相変わらずイヤホンをして、ピンク色のスマホカバーをした電子機器を、眺めていた。
俺は母親がしていた事を思い出し、軽く肩を叩き、口を開いた。
「百音待っててくれてありがとう。......お前、ゲームは好きか?」
俺が初めて百音に対してしたであろう質問。
それに百音は俺に視線の一つもくれず、首を縦に振る。
それを認めた俺は固唾を飲み込み、声帯を震わせるのだった。
「......この後、ゲームセンターに行こう。俺、ゲーム好きなんだ」
と。