大物VTuberと妹が俺を争うライバル関係らしいんだが
そんな愛の言葉にドキッとしてしまった俺は少し顔を彼女から背けてしまう。
それから、小さな声を発した。
「俺な訳がないだろ」
「......まぁ、そうね。今現時点ではただの私の憶測だから、決めつけるのは良くないわね」
「そもそも何で俺だと思ったんだ?」
話の流れが正体が俺ではない方向へと向かい始めたことで安堵した俺は愛へと視線を再び向け直す。
「あの声顔は貴方以外思えなかった、そんな単純な理由だわ」
愛の顔は至って真剣で、本当にそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。
ただ、声や顔が俺に似ていたからと言うのは理由として乏しいな。
「話は変わるんだけど、まだ生配信続いてるのは知ってるかしら? 起きていた時よりも視聴者数は多いわね」
「本当か!?」
思わずそんな焦って上擦った声を漏らしてしまった。
俺は急いでスマホを手に取りYoutubeを開き、百音のアカウントを確認する。
確かに未だに生配信は続いていて、肝心の配信をタップする。
そうして俺の液晶上には見覚えのある部屋と、机に突っ伏して寝息を発てる百音の姿が写し出される。
その刹那、俺のクラスに硬い物が勢い良く落ちた衝撃音が響き渡った。
「スマホ位落とさないように持てないのかしら」
「今のは手が滑ったんだ。不可抗力だな」
そんな事を言いながら俺は床に落ちたスマホを手に取り、壊れていないか一通り確認をする。
見てみると割れたり欠けたりと言った破損はしていない様で、安心の溜め息を漏らす。
手汗をかきすぎたせいで、スマホを滑らせて落としてしまったみたいだ。
再び手に持ったスマホに視線をやると、机に突っ伏したまま寝ている百音がほぼ静止画のように写し出されていた画面に、変化が起きていた。
よく目を凝らしてみてみれば百音の手が少しずつ動き始め、そうしてそう長くない時間が経ってから顔を上げる。
コメント欄なんて今まで目もやっていなかったが、『やっと起きたか』『寝起きも美人なんだな』等といった言葉が流れている。
「あれ、お兄ちゃんは......?」
寝ぼけているからか、引き篭っていて曜日感覚がわからくなっているからか。
どちらかはわからないが、今日俺が学校であるという事を忘れ、俺の事を百音は探し始めた。
「お兄ちゃんー! 康太ー?」
そんな俺の本名を百音呼んだ刹那、俺は思わずスマホの電源を落とす。
真っ暗になったスマホの画面に反射して見える俺の顔は、睡眠不足による目の隈と、引き攣った表情で酷い有様だ。
俺は視線を感じそちらの方向に目を向けると、愛がまたもや口角を上げ笑みを浮かべている。
「今日部活があるから、忘れないようにね。康太」
「あ、ああ......」
普段は『貴方』呼びだった愛は、今だけは康太と呼んだ。
片手に持ったスマホを見ると、そこには『配信は終了しました』という文字が書かれてあった。
百音は生配信がされている事に気づいたのか。
幸いな事に垢BANがされる様な着替えシーン等はなく、ただただ机に突っ伏して寝ていたのと、起きた後の少しプライベートな部分が公開されただけだ。
後は俺が編集をしていた場面だが、これは特段おかしな事はしていないし、問題ないだろう。
まぁ、そんな問題ではない事はわかっているが。
その後の学校ではニュース等を見てなのか『生配信事故ったらしいよ』と言う話題は何度か上がった。
だがそれ以上深く話されることもなく、俺が映っていたことを考える奴はいなかった。
まぁ時間帯も深夜だから学生達はあまり見れていなかったのも大きいだろう。
早く今日は帰って百音と話がしたい俺は、昇降口にて靴を取っていたのだが。
突如として俺の腕は掴まれ、そうして聞き覚えのある声が耳に入る。
「今日は部活があると言ったはずだわ。まさか忘れた訳でもないだろうし......故意に帰ろうとしたのかしら?」
俺の腕を脇に挟んで逃がさんとする愛。
今周りには人が全くおらず問題はないがこのまま時間が経てば人が必ず通りかかる。
そこで俺と愛のこの状況が見えてしまったら即刻話のネタにされ、瞬く間に出回ってしまう。
そうして根拠のない噂が出来上がり、面倒な事になるのはわかる。
「今思い出した。だから離してくれ」
「そんなに妹が心配なのかしら。でもあの配信には特別問題なシーンはなかった。だから心配する必要はないと思うんだけれど」
「何の話だよ。部活には今から行くから離せ」
俺はそう言ってから愛のガードを解き、靴を下駄箱に元に戻す。
俺はそうして部室に向きって歩き始める。
「本入部する気はあるのかしらね」
「微塵もないな。夢部なんて俺には悪ふざけとしか思えない」
部室の前になって、そんな事を愛は話し掛けて来た。
部室の鍵を貰った俺は解錠し、昨日ぶりの夢部の部室へと足を踏み入れる。
愛は後ろで扉を閉めて、カチャッと音を出して施錠した。
そして机と机を相対させ、座ればお互いに顔を見合わせられる形を作った愛は、そこに座る。
俺も流れに乗ってその席に身を委ね、愛と顔を合わせる事になった。
「提案があるんだけれど」
愛は膝を机に乗せ、手の甲で顎を支えながら真剣な眼差しで俺をみつめる。
俺は固唾を飲み込み、一応の心の準備をしておく。
「私の、編集者になるつもりは無いかしら?」
「編集者?」
思わずそんな言葉を聞き返していた。
『編集者になってくれ』そんなニュアンスの言葉だけ言われても、戸惑うだけだ。
いや......戸惑う演技をするしかない。
俺は愛の前では大物youtuberの編集者だと言う事を隠し通さなければならないのだから。
「私、結構大物VTuberなんだけれど、編集がいつも大変なの。だから貴方に編集者になって貰えないかと思って。勿論お金の面は気にしなくてもいいわ。......今、貴方を雇っている人よりも良い報酬を出すと約束するわ。私はそれ程に貴方を欲しているの」
「よくわからないな。俺を欲する理由もわからないし、俺がいつ編集者だと言ったんだよ。俺は編集なんて立派な技術もセンスも持ってないんだ」
それに、もしここで愛の編集者として雇われたら俺は百音を裏切る事になる。
掛け持ちだなんて到底出来る物でもないし、するものでもない。
愛と、百音。どちらか選べと言われれば、その質問には答えるまでもないだろう。
俺の目の前にいる愛と言う人物は──本当に身勝手で、自己中な『令嬢』だ。
「そうやって隠し通すつもりなのね。私のライバル、誰かわかるかしら?」
「......お前のYoutube名がわからないからな。大物VTuberだなんて言われてもピンと来ない」
俺の声を聞き終えると愛はスマホを取り出し、画面上に指を滑らせYoutubeを表示させて俺にそれを見せつける。
画面には愛のチャンネルが表示されており、自分が投稿した動画が表示されていて本人だというのが一発でわかる。
思わず俺はまたもや固唾を飲み込んでしまった。
Youtube名は至って単純明快、『アイ』。
VTuber『アイ』は俺でも知っているような大物VTuberで、チャンネル登録者だけで言えば百音に大差をつけて上回っていた。
固定ファンが多く生配信では多くの投げ銭がされるようで、日本の投げ銭額ラインキングではTOP5には入る程だ。
そんな大物VTuberが目の前にいて、そいつは俺に編集者にならないかと持ちかけている。
......こんな状況、想像もした事がなかった。
「正解を教えるわ。私のライバルは貴方の事を編集者として雇い、尚且つ同棲もしているハルネよ」
人気youtuber『ハルネ』。
俺の妹である百音がチャンネルを運営し、ここ近年人気爆発中の若手youtuberだ。
しかし何故チャンネル登録者もハルネよりも圧倒的に多いのにライバル関係なのか。
ライバルも何も、眼中にすらないと思うほどの差ではあるのだが。
「何でハルネがライバルなんだ? お前の方が圧倒的に人気だろ?」
そんな俺の質問に、愛はフフフ、と不気味に笑って見せた。
わかってないわね、と一泊を置いてから再び言葉を紡ぎ始める。
「そんなの、貴方を奪うライバルに決まってるじゃない」
──と。




