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今はもう亡き母親

水は落ちても安全だと思うかも知れないが、高さによってはコンクリートの様に固くなることもある。

俺と美咲は何十メートルあるかわからないが、相当な高さから荒れに荒れる川の水面へと激突した。


俺は落下時に受け身を取り、何とか被害を最小限に抑える事が出来たがそれでも当たった場所に激痛が迸っている。

美咲がどういう体勢で落ちたのか最後まで見た訳ではないが、恐らく彼奴なら何も体勢を整えることなく衝撃をそのまま食らっただろう。


俺は水面と相対する形で落ちていたが、彼奴は水面とは背を向けた形で落下していた。

......つまり、彼奴はあと水面とどれくらいの距離があるかなど知る由もない。

そんな状態で落ちれば、ひとたまりもないに決まっている。


水中に入った俺は目をしっかりと開き、美咲の姿を探す。

深夜月明かりしかなく、また豪雨で茶色く汚れた川の中、そして水中という要素が複合され、目視による発見は困難を極めた。


川は冷たく、また水流も速く確実に俺の体力を少しずつ奪っていく。

また呼吸をする為に水上に顔を上げるのも一苦労で、体力がある俺ですらかなりしんどい。


美咲なら、恐らく呼吸をするのすら危ういだろう。

俺は水中で手足を広く広げ、美咲らしき物体を手探りで求め始めた。


それから少しして、水温よりも大分温かい物を俺は掴んだ。

人の腕の様で、非力な可愛げのある腕。


俺は離さないように強く掴み、こちらに抱き寄せ、美咲を確認する。

美咲の顔は瞼を閉じており、流れる水流に抵抗する様子もない。


──危険だ。


本能的にそんな文字が頭に浮かび上がる。

恐らく美咲はもう抵抗する体力も気力もなく、生きる事を諦めている様にも感じられた。


俺も正直疲労で息が続かなくなってきており、美咲も手に負った状態ではそう長くは持たない。

俺は美咲を掴んだまま顔を水上に出し、岸まであとどれ程あるのか確認する。


岸までは十歩も歩けば着くと言ったかなり近い距離だが、水流が速くそこまで泳ぐには不可能。

だがこのままではいずれ俺は力尽き、美咲と共に川底に沈む。


「......覚悟を決めるしか、ないな」


俺はそう呟き、水上で息を大きく吸い込み、水中に再び潜り出す。

美咲の顔を少しばかりつねってみると、驚いた顔を美咲は目を見開いた。


俺は美咲の意識がまだある事を確認すると、残る体力を全て使い彼女の身体を岸の方へと押し出した。


俺は顔を水上に上げ、僅かに残る酸素を使い、言葉を叫ぶ。


「──美咲! 岸まで泳ぎ切れ!!」


その刹那、俺の身体には重りがのしかかった様に重くなり、そのまま重力に従って俺は沈んでいく。

元々視界は悪く、暗い水の中だったが、そんな中でも少しずつ周囲が暗くなっていった。


俺の人生は17年と言う短いものだったが、比較的充実していたと思う。

母親は俺が小学生時代に亡くしたが、親父は精一杯俺に愛情を注いでここまで育ててくれた。


俺自身は友人に囲まれ、楽しい学生時代を過ごしていた。

勉学も、運動も出来た優秀な人間だったと思っている。


親父が再婚し新しい母親と、妹が出来たことが少しジェットコースターの様に波乱を生んだが。

それもこれも、もう、終わりだ。


段々と水の流れる音も遠のいていき、視界も暗転する。

今までの楽しい記憶が、走馬灯のように流れていく。


「康太。まだ貴方は──」


聞き覚えのある声が、脳に突如として響いて来た。

......俺が大好きで、愛している声。


「ここに来るべきじゃないわ。あの絶望を乗り越えてきた康太は......」


俺の目の下は暖かい液体が、発生している気がする。


「強い私の自慢の子だわ。だから──」


この声の主は。


「お母さんの分まで、生きて」


今はもう亡き、母親であった。

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