やはり私は、彼を好きになれない
「お、やっと来たか。お前は随分俺と比べて早いな」
俺は昇降口前で壁に寄りかかってスマホを適当に弄りながら、美咲の帰りを待っていた。
あの後終日俺らは生徒指導室で反省文を書かされ続け、生徒らが下校した後個別で説教を受けた。
俺が先に怒号を浴びせられ、先に解放された俺は後に怒られる美咲を待っていた訳だ。
勿論俺はテストは全てゼロになり、成績も急降下する。
......でもまぁ、これで美咲が俺に対して態度を軟化してくれるのならば、安いものだ。
それに、ダメージがあるのは俺だけだ。
「なんで私を待つの? 何かキモイ」
「相変わらず辛辣だな。でも今日位は俺に対して優しくしてくれよ。俺来週からどういう顔すればいいかわからんな」
つま先を地面にトントンと叩き、靴を履き終えた美咲は俺の先を歩き始める。
俺は慌ててスマホをポケットにしまい、美咲の後を付いていく。
「私は別に頼んでない。勝手にやったのは康太」
後ろを振り向くことはなく、そのまま歩を進めながら言葉を放つ美咲。
俺は後方でその通りだなと、納得してしまう。
「そりゃそうなんだが......。一個お願いしてもいいか?」
「......何? 変なお願いは無理」
「まあまあそんな事言わないでくれ。......じゃあ、近くの公園でても座って話すか。コーヒー奢ってやるから」
「まじで変なお願いはやめてよ」
「ああ、わかってる」
──ほんの少しだけ、態度が軟化したと思ったのは俺の自意識過剰だろうか。
私事神楽美咲は今日、初めて佐藤康太に涙を、弱い所を見せてしまった。
私でも今振り返ると恥ずかし過ぎて顔から火が吹き出そうになる。
......私はさっき頼んでない等と冷たい事を言い放ってしまったけど、本当は感謝している。
康太のお蔭で私が危惧していた交際説を平伏せる事が出来、尚且つ私が表立って釈明する事もなかった。
......康太が、勇気を振り絞って成績も、周りからの評価も総て棒に振った結果だ。
私は転校してから間もなく、康太よりも人間関係も信頼も何もかもが浅いのに、あんな真似は出来ない、したくない。
それなのにあの人は、それをやって見せた。
私が真剣に問題に取り組んでいる中、あんな風に外に飛び出す康太を見て追い掛けてしまったのは自分でも訳がわからない。
だけど、私は今も彼を──
「ほら、これでいいだろ」
ベンチに座っていた私に、康太は缶コーヒーを目の前に差し出した。
私は静かに頷いてから、その缶コーヒーを自分の手に取る。
蓋を開けた私は勢いよくコーヒーを喉に通し、今日溜まっていた疲労を胃に流し込む。
一通り飲んだ私は未だ目の前に立っている康太に気づいた。
「......なぁ、隣座ってもいいか?」
「無理。離れて座ってくれる?」
私の答えは即答だった。
私自身でも今日の一件で少しは彼の事を見直し、自分の中での評価が上がったのはわかる。
ただ、私はそこまで態度が変わるほど好感度は上がっていない。
未だ反射的に彼を避けてしまう私は健在だ。
「......で、お願いって?」
少し離れた端に座った康太は何も話そうとせず、コーヒーも蓋をしたまま何処か彼方を見つめていた。
普段なら待ってあげても良かったけど、外は既に真っ暗で帰りが遅いと雪が心配する。
「えーと、雪から話は聞いてるだろうけどな......。旅行、俺も行く事になってるんだが......」
彼は頬を掻きながら、少し申し訳なさそうな声色で言った。
確かに雪は割引券が手に入ったと私を旅行に誘っていて、私はそれを快諾。
だけど康太も行く事は私は知っておらず、てっきり雪と二人旅行なのだと思っていたけど。
ここで無理だと拒否するのには、コーヒーを奢って貰ったのと今日の一件が相まって流石の私でも口が言う事を聞かない。
「......要は三人で旅行に行く事になるけどいいかって事?」
「ああ、その通りなんだが......。雪は良いって言ってて、後は美咲だけなんだ......」
私は深い溜め息を吐いてみる。
「ああ別に無理して俺と行く必要は無いんだ。その状態が一番俺が望まない結果だ」
「別に康太の事拒否してない。......別にいいけど」
「本当か!? 俺も行っていいのか!?」
「いいけど......。必要最低限以外は私に話しかけないで。それは約束して欲しい」
「やったぜーーー!!」
私の言葉が聞こえているかわからないが、康太はベンチから勢いよく立ち、そんな歓声をあげる。
私はそんな彼を見ながら、思うのだった。
──やはり彼の事は、どうしても受け付けられない、と。
美咲から旅行の件について許可を貰った俺は予想外な結果に、少しばかり心を踊らせながら帰宅した。
帰ってからは雪に色々と心配されたが、時間をかけて説明し、無事に終わった事を伝えた。
そして今日も夜がやって来て、俺の自室の扉はノックされる。
そうして彼女は今日も俺の部屋に足を踏み入れ、俺と会話を繰り広げるのだ。
「今日はお疲れ様です。康太くんが尽力した結果で何とか誤解も解けそうですね」
「まぁな。後は俺の学校生活がどう言う結果に向かうか、だな」
「......私は、康太くんのやり方に反対ですね。美咲は少しは助かったかも知れません。ですが、康太くんは今回の件でもしかしたら大切な友人や人間関係が拗れるかも知れません。......そんな事は私が納得出来ないです」
雪はベットに腰を下ろしていた雪の、膝の上に置いた拳が少し震えているように見える。
「......いいんだよ別に。これが兄の務めだろ?」
「全然納得出来ませんね。......もういいですこの話は。それよりも美咲から旅行の件聞きましたよ?」
雪が語気を強めていたので気圧されていたが、彼女は華麗に話を変えてみせる。
その力量に関心を覚えつつ、俺は答えを返していく。
「今日の一件と、コーヒーを奢った俺の努力の賜物だ。これで少しでも関係性が良くなるなら安い物だ」
「......そんな簡単に変わりませんよ、美咲は」
「なら変わるまで俺が踏ん張るだけの事だ。俺は簡単に挫折する様な人間じゃない......ってなんで笑うんだよ?」
俺が真剣に話しているのに、雪は何故か笑い声をあげて笑い出す。
俺は何故笑うのかわからず、ただただ困惑しながら雪を眺める事しか出来ない。
「いやいやごめんなさい。康太くんの意外な一面が見れてつい面白くて。まぁいいです、旅行の件ですが、明日からでいいですよね?」
「いいけど......って明日? は?」
思わず俺はそんな素っ頓狂な声を出してしまう。
「明日は土曜日ですよ? 学校はありませんよね? それなら行けますよ」
「俺に予定が入ってたらどうするんだよ......。入ってないが」
「じゃあいいじゃないですか。......それじゃ、おやすみなさい」
雪はそう言ってから、優しく扉をゆっくりと閉めるのだった。




