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妹を全校生徒の前で抱き締める事になったのだが

それから何時間経っただろうか。

時計にふと目をやると針が指している時間帯は所謂深夜を示している。

俺が部屋を訪れた時よりも見違えて部屋は綺麗に、整えられており生まれ変わった様だ。



俺はその目の前に広がる現状に強い達成感を覚えつつ、疲れた様子でベッドに寝転がる美咲に視線を飛ばす。


「これで終わりじゃないからな。この状態を如何に維持するかが大事なんだ」


「そんなのわかってる。......それよりもなんでここに来たの?」


そんな美咲の言葉を聞き終えると、俺は沈黙したまま美咲の椅子に腰を下ろす。

それから深い溜め息を吐いてから、美咲の方へと顔を向ける。


「今週は中間テストだな。勉強は進んでいるのか?」


俺が放った言葉に、美咲は怪訝そうな表情を浮かべる。


「......それを聞くだけにここに来たの? それだけなら部屋から出て行ってくれる?」


我ながら美咲の言うことには納得してしまう。

これだけの事を言うためだけなら、部屋にわざわざ入り、掃除までしてするような事じゃない。



それは俺自身でもわかっている。

本当はこれが話したい訳じゃないのだが、次の一歩が中々俺は踏み出せずにいた。


「......なぁ、美咲。俺は近い内に、新聞部の件についてみんなに説明して誤解を解きたいと思っている。......だから、美咲の意見が聞きたかったんだ」


長い沈黙が俺ら二人に訪れた。

俺は美咲の顔を見る事も出来ず、綺麗になった床を、ただ呆然と視界に入れている。


「......あそ。勝手にすれば。私もう眠たいから出て行って」


「ああ、わかった。......中間テストの日に決行するから、その日は学校に来てくれ」


俺は美咲の言葉を耳に入れると、急いで席から立ち、扉に向かいながらそんな事を言う。

そして雪のようにゆっくりと扉を閉めながら、最後の一言を言うのだった。


「おやすみ」

と。








緊張状態から解き放たれた俺は急激に眠くなり重くなった瞼を擦りつつ、自室へ足を進めた。

扉を開くと俺の椅子に、見覚えのある背中が見える。



俺はこんな深夜に俺の部屋にいる事に衝撃を受けつつも、静かに口を動かした。


「なんで俺の部屋にいるんだ?」


俺の至極真っ当な質問を放つと、その背中は方向を変えて顔をこちらに向ける。


「毎日ミーティングするんじゃないんですか?」


「ああ、そうだったな。でも眠かったら勝手に寝ていいんだぞ。こんなのはいつでも出来る事だ」


俺は微笑を浮かべながら、雪に優しく言葉をかける。

ベッドに座った俺は、少し咳払いをしてから、声を発した。


「......さっき、美咲と話を終えてきた」


今日の雪は普段の様に俺の隣に腰を下ろす事はなかった。

俺はそんな事を思いつつも、気にせず言葉を紡ぎ続ける。


「俺は中間テストの日、学校生活を犠牲にして誤解を解こうと思っている。方法は言ってないが誤解を解く旨を伝えたんだ。......美咲は勝手にすればと言っていた。だから俺は、決行しようと思う」


やり方は帰り道の途中、雪には話してある。

その際雪は肯定も否定もせず、俺にアドバイスを与える様な事はしなかった。

雪は俺の顔を目を細めながら見つめ、口を開いた。


「それを人々はなんて言うのか、知っていますか?」


「......なんて言うんだろうな」


「康太くんは優しい人ですね。......人々はそのような事を、自己犠牲、と呼ぶんです」


俺は雪のそんな言葉に、思わず笑ってしまった。

自己犠牲なんて、カッコイイ事なんかじゃない。



至極当然の、俺がやるべき事をするだけだ。

突然雪は椅子から離れ、扉の前で立ち止まって、


「私はもう寝ますね。......康太くん」


俺から背を向けたまま、俺の名を呼んだ。


「貴方は優しい人ですね」


そんな事を言いながら、扉を閉めて行った。


「今日はゆっくり閉めないんだな」


俺しかいない空間の中で、ポツリとそう呟いた。






中間テストの当日、俺は久しぶりの学校で緊張を感じていた。

相変わらず美咲は俺の少し後方を歩き、客観的に見れば一緒に登校はしていないと思われる絶妙な距離感を保っている。



前は少しででも会話をしていたのだが、今日は家を出てから一言を発さず学校近くまで来てしまっていた。

奥の方には校舎が見え、あと数分もすれば辿り着くであろうところで、美咲は声を放った。


「......何するつもり?」


後ろから聴こえていた足音が、突然止まるのが耳に入り、俺も歩みを止める。


「普通に誤解を解くだけだよ。このまま放っておいてもいい事ないだろ」


「何があっても私知らないから」


美咲はそう言って、俺の前方を足早に歩き去って行った。

俺は急ぎ足で歩く美咲の背中を見つめつつ、溜め息を吐いた。










教室に入ると教室内にいた人間が俺の方に群がり、質問攻めにあった。

俺は冷淡に、後で説明するとだけ伝えて何とか朝を乗り切った。



中には友人もいたが、周りの人間と同じように冷たくあしらった。

それからは今まで受けた事のある中間テストで、監督から説明があり、荷物を全て廊下に置いて配られた問題を机に置く。



試験開始時間になると一斉に問題用紙を開き、教室内には机にペンが当たるコツコツ音だけが響き渡っていた。

俺は試験官が俺から遠ざかる時を、虎視眈々と狙っていた。



そんな中、一人のクラスメイトの一人がシャーペンを大きな音を発て、床に落とす。

試験官は静かにそちらへ向かい、床に落ちたペンを拾いあげようとした瞬間を、俺は見逃さない。



俺は椅子を勢いよく立ち、そのまま教室を走り抜け、廊下へと足を踏みつける。


「おい何してるんだ!!」


そんな怒号が俺の背中から聞こえて来たが、俺もそれに負けぬ大声で返答する。


「トイレ行ってきます!」


「おいコラ待てよお前!!」


俺は後ろから聞こえる足音を感じながら、廊下を走り抜け上靴のまま外へと飛び出した。

校舎をぐるりと周り、後ろから追いかけていた教師を突き放すと俺は一転、グラウンドへと走り出した。



所詮教師は現役男子高校生に体力的に適う筈もなく、呆気なく俺を見失い、俺は自由の身。

グラウンドの真ん中に立ち、壁のように聳え立つ校舎を俺は静かに見つめる。



試験中で窓は開いているが一切音がせず、静かな校舎。

俺はもう、後戻りは出来ない。

刹那、学校のスピーカーが教師の声を放ち始めた。


「一年佐藤康太。今は試験中である。速やかに教室に戻りなさい」


俺はそんな全校放送を聞き、クスッと笑みを浮かべる。

今俺がやろうとしている事は最も簡単に、大勢へ伝える事の出来る効果的な方法。



デメリットは俺が学校生活で悲惨な目に合うという事だけだ。

俺は大きく息を吸い、大声をあげた。


「みんな聞いてくれ!!!」


こんなに大声を出したのはいつぶりだろうか。


「俺の名前は佐藤康太だ!!! お前らに聞いて欲しい事がある!!!」


試験中なのにも関わらず、教室の窓から生徒らが顔を覗き始めた。

校舎からもざわめきが俺の耳へと聴こえ始める。


「俺は転校生の神楽美咲の──」


「おい何してんだお前! お前自分がした事わかってんのか!」


俺の居場所を特定した教師陣が大勢大声をあげながら、俺の元へと向かっている。

......もう、時間はあまり残されていない。


「俺は──神楽美咲の、兄だ!!!」


そんな事を言い放った俺は思わず膝の力が抜け落ち、地面へと四つん這いになる。

言いたかった事は、言い終える事が出来た。

これで誤解は解け、何もかもが解決される──


「ばか!!」


刹那、俺の頬が平手打ちされ、反射的に俺は顔を上げる。

......俺の眼中には顔を真っ赤にした美咲が、涙目になりながら立っていた。


「こんな事して、どうなるかわかってる!?」


普段からは考えられない強い語気で、俺にそう問いただす美咲。


「......わからないから、こんな事してんだよ。これから俺どうなるんだろうな。──いてっ」


再度、俺の頬に平手打ちが行われた。


「バカ、アホ、クズ、間抜け!」


「暴言吐きながら俺の頭を叩くのはやめてくれ」


「うざい! バカ!!」


俺は未だ四つん這いの状態で、美咲に暴言を言われながら頭を叩かれていた。

俺はやれやれと身体を立たせ、美咲と面と向かってみる。


「なんでそんなに泣いてるんだ。俺が泣く方だろ」


「まじでバカ。ただのアホ」


「ほらハンカチやるから涙拭けよ。お前らしくない」


俺はポケットからハンカチを取り出し、美咲に手渡す。

彼女はそれを使いながら、目から零れる涙を拭いた。



俺の中の美咲は俺に対して冷酷で、優しさなんて一切なく常に敵対心を燃やす愛嬌ない奴で、俺の前で涙なんて一切流さないであろう奴だった。

校舎から身を乗り出す生徒達はグランドで繰り広げれる異様な光景を目に焼き付け、俺も目の前で涙を拭く美咲の事を目に焼きつける。


「お前ら教師舐めんのもいい加減にしろよ!!」


そんな怒鳴り声が近くに迫っているのにも、俺は気がついた。

......時間はもう、残されていない。


「──これで、解決か?」


俺は美咲を抱き締めた。

別に好きとかじゃない。目の前に泣いている女の子がいて、俺は放っておけないだけだ。



校舎からは謎の拍手と、フゥーと言う冷やかしか何かわからない声が届けられる。

俺の胸で蹲る美咲を俺は横目に、口を開いた。


「えーと、一応言っておくがお前を慰めようとしただけだからな」


「そんなの......わかってる......」


美咲は嗚咽をしながら、頑張って言葉を紡いだ。

その刹那、肩を俺は強く叩かれ、時間はタイムリミットを迎える。


「お前、何したかわかってるんだろうな」


「ええ、わかってます」


教師から美咲と離され、俺は二人の大人から腕を捕まれ連行されて行く。

俺が連れて行かれている間、ずっと校舎から俺と美咲に向かって拍手は相も変わらず送られ続けていた──

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